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あなたの隣に立ちたくて
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碧斗さんの意志を尊重して、姉と対峙した話も小野寺サイドには伏せておくと決めている。
ただ私の父にだけは知っていてほしくて、日をあらためて実家へ会いに行った。
「一嘩が、申し訳なかった」
ふたりの婚約時の話から明かしたところ、父は心底申し訳なさそうに頭を下げた。
思った通り、父は母と姉の行動を知らずにいた。
母は姉の身の振りについてずいぶん悩んでいたようで、おそらく彼女が碧斗さんとの復縁を画策していたことまでは把握していないという。
「妻も一嘩も、私がもっと言い聞かせていかなければならなかった。音羽も、辛い思いをさせてすまなかった」
「一嘩さんの話を蒸し返す気はありません。私はただ、音羽さんを守りたいだけなので」
父の前でサラリと言われ、頬が熱くなる。
わずかに驚いた父は、それから小さく微笑んだ。
「音羽は今、幸せなんだな」
「うん。碧斗さんはよくしてくれるし、好きな楽器の仕事も自分のペースでやらせてもらえる。私は望んで碧斗さんと結婚したんだよ」
小野寺家と話し合いをしたあの日、父は私の意向を確かめないまま婚約を承諾した。会社のためを思えば、仕方がなかっただろう。
でも親としては申し訳なく感じていたのか、あれ以降、父は私に対してますます遠慮がちになっていたように思う。
「だからもう、気に病まないで」
それから父は、無断で私たち夫婦に接触しないように母にも言い聞かせると約束した。
「咲江の態度は、悪気がないというひと言で済ませられるものではなかった。言い訳じゃないが、咲江は昔から口が達者で、私がなにかを言おうと考える間にぽんぽんと言い返してくる。彼女なら私の足りない部分を補ってくれるだろうと、一緒になる決意をしたんだがな。いつの間にかそんな咲江の言動にすっかり疲弊して、一層なにも言わなくなった私がいけなかった」
両親のそんな姿は、幾度となく見てきた。
ふたりの仲が完全に冷めきっているとまでは思わないが、お互いに不満を抱えているようだと感じていた。
「そんな母親の姿に、一嘩もずいぶん横柄な態度をとるようになってしまった。今後も、あの子を実家へ戻す気はない。ずいぶん遅くなってしまったかもしれないが、自力で暮らし、周囲にもまれているうちに自身の問題に気づいていってほしい。そのためのフォローは、妻と共にしていくつもりだ」
今後は、必要以上に姉と関わるつもりはない。すべて両親に任せて、私は距離をおかせてもらうと宣言しておく。
父と別れて帰途に就いた。
「音羽、ありがとう」
マンションの玄関が閉まると同時に、碧斗さんがポツリとこぼした。
「ん?」
なにに対してなのか、背後の彼を振り返りながら首をかしげる。
「望んで俺のところに来てくれて」
あらためてそれを言われるとなんだか気恥ずかしくて、急にそわそわする。視線はあからさまに泳ぎ、手は握ったり開いたりを繰り返した。
それでも、意を決して口を開く。
「あ、碧斗さんも、私を望んでくれて、ありがとう」
言い終える同時に、触れる程度に口づけられる。そのまま彼の腕の中に捕らえられてしまった。
「愛してる、音羽」
首筋に感じた吐息に、体が小さく震える。
これからはもう、自分の気持ちを隠さなくてもいいのだとあらためて幸せを噛みしめた。
「私も。碧斗さんを愛してる」
ただ私の父にだけは知っていてほしくて、日をあらためて実家へ会いに行った。
「一嘩が、申し訳なかった」
ふたりの婚約時の話から明かしたところ、父は心底申し訳なさそうに頭を下げた。
思った通り、父は母と姉の行動を知らずにいた。
母は姉の身の振りについてずいぶん悩んでいたようで、おそらく彼女が碧斗さんとの復縁を画策していたことまでは把握していないという。
「妻も一嘩も、私がもっと言い聞かせていかなければならなかった。音羽も、辛い思いをさせてすまなかった」
「一嘩さんの話を蒸し返す気はありません。私はただ、音羽さんを守りたいだけなので」
父の前でサラリと言われ、頬が熱くなる。
わずかに驚いた父は、それから小さく微笑んだ。
「音羽は今、幸せなんだな」
「うん。碧斗さんはよくしてくれるし、好きな楽器の仕事も自分のペースでやらせてもらえる。私は望んで碧斗さんと結婚したんだよ」
小野寺家と話し合いをしたあの日、父は私の意向を確かめないまま婚約を承諾した。会社のためを思えば、仕方がなかっただろう。
でも親としては申し訳なく感じていたのか、あれ以降、父は私に対してますます遠慮がちになっていたように思う。
「だからもう、気に病まないで」
それから父は、無断で私たち夫婦に接触しないように母にも言い聞かせると約束した。
「咲江の態度は、悪気がないというひと言で済ませられるものではなかった。言い訳じゃないが、咲江は昔から口が達者で、私がなにかを言おうと考える間にぽんぽんと言い返してくる。彼女なら私の足りない部分を補ってくれるだろうと、一緒になる決意をしたんだがな。いつの間にかそんな咲江の言動にすっかり疲弊して、一層なにも言わなくなった私がいけなかった」
両親のそんな姿は、幾度となく見てきた。
ふたりの仲が完全に冷めきっているとまでは思わないが、お互いに不満を抱えているようだと感じていた。
「そんな母親の姿に、一嘩もずいぶん横柄な態度をとるようになってしまった。今後も、あの子を実家へ戻す気はない。ずいぶん遅くなってしまったかもしれないが、自力で暮らし、周囲にもまれているうちに自身の問題に気づいていってほしい。そのためのフォローは、妻と共にしていくつもりだ」
今後は、必要以上に姉と関わるつもりはない。すべて両親に任せて、私は距離をおかせてもらうと宣言しておく。
父と別れて帰途に就いた。
「音羽、ありがとう」
マンションの玄関が閉まると同時に、碧斗さんがポツリとこぼした。
「ん?」
なにに対してなのか、背後の彼を振り返りながら首をかしげる。
「望んで俺のところに来てくれて」
あらためてそれを言われるとなんだか気恥ずかしくて、急にそわそわする。視線はあからさまに泳ぎ、手は握ったり開いたりを繰り返した。
それでも、意を決して口を開く。
「あ、碧斗さんも、私を望んでくれて、ありがとう」
言い終える同時に、触れる程度に口づけられる。そのまま彼の腕の中に捕らえられてしまった。
「愛してる、音羽」
首筋に感じた吐息に、体が小さく震える。
これからはもう、自分の気持ちを隠さなくてもいいのだとあらためて幸せを噛みしめた。
「私も。碧斗さんを愛してる」
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