【完結】執着系御曹司との甘く切ない政略結婚 ー愛した人は姉の婚約者でしたー

波野雫

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不穏な足音

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「まあ、だまし討ちだなんて。勘違いしないでちょうだいね」

 母の心底傷ついたような顔には、こちらが悪者になった気分にさせられる。

「今後も親族として付き合っていく上で、蟠りを残したくなかったのよ。私も、どうしたものかとずっと悩んでいてね」

 母の表情が苦悩にゆがむ。これが本心からの反応なのか、私にはわからない。

「連絡の取れなかった一嘩がようやく戻ってきて、謝りたいと自ら言ってくれたのよ。だから、よかれと思ってあなたたちに声をかけたのだけど……」

 姉は神妙な様子でうつむいており、なにを考えているのか想像もつかない。ただその姿は、私の知っている常に堂々とした彼女とはかけ離れているようにも見えた。

「とにかく、座ってくれないかしら。せっかく美味しいお料理を予約したから、みんなで食べましょうよ」

 もう一度、碧斗さんが私の方を見て意志を確認する。

 私が嫌だと言えば、碧斗さんはこの場から連れ出してくれるのだろう。
 今後の母との関係はますます悪化するかもしれないが、もともと私は彼女から距離を置いていた。こちらから連絡をするのは稀で、それによる不都合はほとんどない。

 母の申し出に応じず、この場を立ち去っても問題があるようには思えない。
 むしろこの出来事を、苦情として父に申し入れてもいいくらいだ。

 それでこの場は治まるだろう。

 けれど母と姉は、私たちがそんなな対応をしたところであきらめてくれるだろうか。
 今後、私の知らないところでふたりが碧斗さんと接触するかもしれないという疑念がどうしても拭えない。

 この場はふたりに付き合って満足してもらえば、この話はこれっきりになる。だとしたら、気は進まないが応じた方が賢明かもしれない。
 自分本位になってしまうが、そんなふうに考えていた。

「碧斗さん。すみませんが、この一度で済むのなら、ここは母に従いたいと思います」

 苦々しい思いを隠して、碧斗さんにそう伝えた。
 彼から、本当にそれでいいのかと視線で問い返される。

 うなずいた私に、碧斗さんは小さく息を吐きだした。

「確認ですが、この場の目的は謝罪ということでいいですね?」

「ええ」

 ビジネスライクな姿勢を明確にした碧斗さんに対し、母はあくまでプライベートなラフさを醸す。その顔には、取って付けたような朗らかな笑みまで浮かべてみせた。

「……わかりました――音羽、座ろうか」

 打って変わって柔らかな調子で促されて席に着く。
 そうして、あらためてふたりに向き直った。

「今回限りは妻の意向に従いますが、こういう呼び出しは二度と辞めていただきたい」

 本題に入る前に、碧斗さんがしっかりと釘を刺す。

 碧斗さんの言葉に、姉の表情がわずかにゆがんだように見えたのが気になった。
 瞬きをひとつした後には戻っていたから、気のせいだったのだろうか。
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