【完結】執着系御曹司との甘く切ない政略結婚 ー愛した人は姉の婚約者でしたー

それでも手に入れたかったもの SIDE 碧斗

６

　一嘩は、大学を卒業したら波川屋とは無関係な仕事に就くことを希望しているくらいだ。家業の内情を詳しくはわかっていないのかもしれない。
　
　業務提携とはいえ、その中身は小野寺からの援助だ。さすがにそれくらいは理解していると信じたいが、身勝手な彼女を見ていると自信は持てない。

　いろいろと遠慮がなく、まったく悪びれない一嘩の言動は逆に清々しいほどで、苛立ちもしなかった。

『まあ、うちも大変そうだし婚約を解消にはできないわ。ねえ、碧斗さん』

　一嘩がわずかに身を乗り出す。

　助けてもらっているのを理解してもなお、こんな言動を繰り返す。
　おそらくその背景には、以前は波川側が小野寺を助けてあげたのだという思いがあるのを、彼女の言動から察していた。

　どうせろくでもない話だろうが、とりあえず聞く姿勢だけは示しておく。

『結婚は仕方がないからするわよ。でも、私は仕事もしたいの。だから、そうねえ……私が三十歳になるまで待ってほしいわ。それまで仲は良好だと両家に装いつつ、お互い自由に過ごしましょうよ』

　単に遊び暮らしたいだけではないという姿勢には、少なからず好感が持てる。が、ほかの異性との交際を仄めかしているあたりに、彼女の人間性が見て取れた。

　言っている内容はあまりにちぐはぐなのに、自分が正しいとでもいう堂々とした様子に呆れてものも言えない。
　馬鹿げた提案にこの場で婚約を解消しようかとも考えたが、そこでふっと脳裏をよぎったのは音羽の存在だった。

　虐待とまではいわないが、彼女が家庭内で蔑ろにされているのを知ってしまった。弟の翔からも、そんな様子を聞いている。

　俺が傍にいたところでそれほど力にはなれないだろうが、ここで一嘩との縁が切れてしまえば、音羽と顔を合わせる機会も完全になくなってしまう。

　そんな考えが、俺に二の足を踏ませた。

　母や姉からぞんざいに扱われても、音羽はいつだって自分の夢を一途に追いかけてがんばっている。

　部活を通してステージに立つ機会を持ち、着実に実績を残していく。そうして少しずつ自信をつけていく音羽の姿は眩しくて、自然と応援してやりたくなった。

　それは将来の義兄としてなのか、単なる知り合いとしてなのか。言葉では明確に説明できない感情に振り回される自身に戸惑いながら、それでも嫌だとは思わないから不思議だった。

　婚約の解消はいつだってできる。
　一嘩の提案に付き合いつつ、もうしばらくは音羽を気にかけてやりたい。
　少々傲慢だが、そんな感情が婚約継続の決め手になっていた。