44 / 113
それでも手に入れたかったもの SIDE 碧斗
5
しおりを挟む
おそらく、一度でもいいから小野寺が波川屋の手助けをしたという実績を残しておけば、祖父も父もとりあえず満足するだろう。
小野寺にとっても波川屋と事業提携を結ぶのはそれほど悪い話ではない上に、茶房の案件はすでに動きだしている。これだけは軌道に乗せられるように注力したい。
事業を止めることで小野寺にも損害が出る段階まできているとなれば、婚約とは関係なく進めてしまった方がいいと押し切るのも可能だ。
話が後戻りできないほど進んだ時点で、一嘩との婚約を白紙にすると密かに決めていた。
祖父の考えているらしい別の案件は立ち消えになるかもしれないが、そこは仕方がない。
娘の育て方に問題があった波川に非があるのだと、一嘩の様子を目にすればさすがに納得するだろう。
そう目論んで、念のために彼女の際立った言動について記録に残すことにした。
さらに、大体的な婚約披露も行わない方向に父らを誘導した。彼女はまだ学生であることを強く押せば、すぐさま納得してくれた。
周囲に婚約の話を積極的にしないようにも徹底した。
当然、相手の名前もあえて明言せず、必要な場面では〝波川のお嬢さんと〟と明確にしない。
婚約者としての交流は欠かさなかったが、そんな思惑があって片手間な付き合いになっていたのは否定しない。
それでも礼儀は尽くしたつもりだったし、常識的な交流を心掛けていた。
『碧斗さんって、つまらない人ね』
それは婚約から数カ月が経った頃に、一嘩から言われた言葉だ。
連れて行ってほしいと請われていた、学生が利用するにしては高級なレストランで、向かい合わせに座った早々に彼女が言い放ったのはあまりに印象的だった。
『もっといろいろ出かけたいのに、食事か映画くらいしか連れて行ってくれない。生真面目すぎて、おもしろみがないわね』
婚約者とはいえ、まだ学生の彼女とどんな交際をしろというのだという疑問は、懸命にも口にしなかった。聞いたら最後、要求はますますエスカレートしていきそうだ。
わざわざ時間を割いてまで、気が乗らない相手を喜ばせたいとも思えないのだから仕方がない。
すでに彼女と結婚するつもりはなくなっていたし、自分をどう見られようともかまわなかった。
『音羽のことだってかまう必要ないのに、会うたびに話し込んでいるわよね?』
少し前の出来事を蒸し返すあたり、彼女にとってはかなり気に食わないことだったのだろう。
『音羽ちゃんは義妹になるのだから、会えば挨拶くらいさせてもらうよ』
『放っておけばいいのよ』
自分が一番でないと嫌だ。実の妹とはいえ、ほかの女を気に掛けるなんて許せない。
一嘩の表情や言葉の端々に、横暴な気配を感じ取ったのはおそらく気のせいではないはず。
そんな独りよがりな一嘩の振る舞いに、彼女と自分とではどうあがいてもわかり合えないのだと、ますます溝が深まっていった。
小野寺にとっても波川屋と事業提携を結ぶのはそれほど悪い話ではない上に、茶房の案件はすでに動きだしている。これだけは軌道に乗せられるように注力したい。
事業を止めることで小野寺にも損害が出る段階まできているとなれば、婚約とは関係なく進めてしまった方がいいと押し切るのも可能だ。
話が後戻りできないほど進んだ時点で、一嘩との婚約を白紙にすると密かに決めていた。
祖父の考えているらしい別の案件は立ち消えになるかもしれないが、そこは仕方がない。
娘の育て方に問題があった波川に非があるのだと、一嘩の様子を目にすればさすがに納得するだろう。
そう目論んで、念のために彼女の際立った言動について記録に残すことにした。
さらに、大体的な婚約披露も行わない方向に父らを誘導した。彼女はまだ学生であることを強く押せば、すぐさま納得してくれた。
周囲に婚約の話を積極的にしないようにも徹底した。
当然、相手の名前もあえて明言せず、必要な場面では〝波川のお嬢さんと〟と明確にしない。
婚約者としての交流は欠かさなかったが、そんな思惑があって片手間な付き合いになっていたのは否定しない。
それでも礼儀は尽くしたつもりだったし、常識的な交流を心掛けていた。
『碧斗さんって、つまらない人ね』
それは婚約から数カ月が経った頃に、一嘩から言われた言葉だ。
連れて行ってほしいと請われていた、学生が利用するにしては高級なレストランで、向かい合わせに座った早々に彼女が言い放ったのはあまりに印象的だった。
『もっといろいろ出かけたいのに、食事か映画くらいしか連れて行ってくれない。生真面目すぎて、おもしろみがないわね』
婚約者とはいえ、まだ学生の彼女とどんな交際をしろというのだという疑問は、懸命にも口にしなかった。聞いたら最後、要求はますますエスカレートしていきそうだ。
わざわざ時間を割いてまで、気が乗らない相手を喜ばせたいとも思えないのだから仕方がない。
すでに彼女と結婚するつもりはなくなっていたし、自分をどう見られようともかまわなかった。
『音羽のことだってかまう必要ないのに、会うたびに話し込んでいるわよね?』
少し前の出来事を蒸し返すあたり、彼女にとってはかなり気に食わないことだったのだろう。
『音羽ちゃんは義妹になるのだから、会えば挨拶くらいさせてもらうよ』
『放っておけばいいのよ』
自分が一番でないと嫌だ。実の妹とはいえ、ほかの女を気に掛けるなんて許せない。
一嘩の表情や言葉の端々に、横暴な気配を感じ取ったのはおそらく気のせいではないはず。
そんな独りよがりな一嘩の振る舞いに、彼女と自分とではどうあがいてもわかり合えないのだと、ますます溝が深まっていった。
10
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません
和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる?
「年下上司なんてありえない!」
「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」
思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった!
人材業界へと転職した高井綾香。
そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。
綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。
ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……?
「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」
「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」
「はあ!?誘惑!?」
「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる