【完結】執着系御曹司との甘く切ない政略結婚 ー愛した人は姉の婚約者でしたー

身代わりの結婚

２１

「音羽……っ」

　なにかを言いかけた碧斗さんは、翔君の姿を認めて立ち止まった。眉間にしわを寄せ、訝しげな視線を送っている。

「なんで翔がここにいるんだ」

「なんでって、音羽と俺は高校の頃からの仲だよ。今日は親族席に座るけど、本来なら俺は友人枠だ」

　実の兄弟ならではの砕けたやりとりだろう。けれど、眉を潜めて不機嫌さをあらわにした碧斗さんに気づいて慌ててしまう。

「ね、ねえ」

　これから結婚式の本番なのだから空気を壊さないでと、翔君に視線で訴えたが汲み取ってくれない。

「兄貴、余裕のない男は嫌われるよ。音羽の好みは、包容力のある男なんだからさ」

「翔君！？」

　理想の男性像など彼に話した記憶はまったくなく、唐突になにを言うのかと困惑する。

　眉間にしわを寄せた碧斗さんは、睨むように翔君を見た。
　
　不穏な空気を察して、これ以上はなにも言わないでほしいと伝えるために翔君の腕を引こうとしたところで、それより一歩早く碧斗さんが私に近づいた。
　宙に浮いたままの私の手を掴んだ碧斗さんは、そのまま翔君との間に体を滑り込ませてさらに距離を開けさせる。

「人の妻に近づきすぎだ」

　聞いたことのないほど低く不機嫌な声音に、ピクリと肩が跳ねる。

「はいはい。わかったよ」

　碧斗さんの怒りなどまったく気にしていないというように、翔君は肩をすくめて軽い口調で返した。

　これがこのふたりの普段の距離感なのかもしれないが、一緒にいるところを見慣れない私としては、今にも言い合いに発展しそうな様子に落ち着かない。

「兄貴。音羽は俺の大切な人なんだ。絶対に幸せにしてやってくれよ」

　私腕を掴んだままの碧斗さんの手に、ぐっと力がこもる。
　お願いだから、勘違いされかねない言い回しはやめてほしい。

「お前に頼まれる覚えはないが、当然だ」

「だってさ、音羽。じゃあ、後でな」

　緊迫した空気を霧散させるような、明るい口調で声をかけられる。
　体をずらして翔君を見ると、彼はひらひらと手を振りながら控室を出ていくところだった。