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身代わりの結婚

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「最初に聞くべきだったが、結婚となれば当然一緒に暮らす。音羽はフランスでの生活を手放してしまって、本当によかったか?」

 打って変わって、碧斗さんが心配そうに私を見た。

「それは大丈夫です」

 迷いなく返す私に、彼が小さく首をかしげる。

「その、フランスでの生活は刺激的で充実していたんですけど、安定した職に就いていたわけじゃないんです。母にはもうずっと前から、フラフラしていないで日本で仕事を見つけるように言われていました」

 向こうでの生活を恥ずかしいものだなんて、私は微塵も思っていない。
 ただ、母からは何度もそう言われていたくらいだ。傍から見ればなんとも頼りない状態なのだろうと察している。

「私もそろそろ潮時かなって考えて、帰国に向けて身辺整理をはじめていたんです」

 未練がまったくないとは言いきれないが、いつかは決断しなくてはならないと感じていたのも事実だ。
 それに、帰国に気持ちが傾いたのは今回の話が持ち上がるよりも前からだ。これは私自身が決めたことで、碧斗さんが気に病む必要はない。

 私のそんな本音を明かしたところ、碧斗さんの眉間にしわが寄る。
 フランスで私が定職についていなかった事実が受け入れがたかったのだろうかと、にわかにうろたえた。

「音羽は向こうでフラフラしていたわけじゃないだろ? 翔からも聞いているよ。演奏活動に精力的に取り組んで、自主製作でCDも出したって。あいつに聴かせてもらったが、とても遊びでやっているようなレベルではなかった。フランスでの生活に人生をかけていると、それだけでも伝わってきた」

 やりとりの頻度は少なくなっていたとはいえ、翔君とは近況報告くらいはしていた。帰国したときにCDも渡していたが、まさかそれを碧斗さんまで聴いてくれているとは知らなかった。

「あ、ありがとうございます」

 さすがに買いかぶりすぎだ。
 でも、お世辞だとしても碧斗さんが認めてくれたのが幸せで頬が緩む。

 コンクールで入賞しても、ソリストとしてオーケストラをバックに演奏するチャンスを得ても、母からは「そうなの」以外の言葉が返ってきたためしがない。

 父は『おめでとう』くらいは言ってくれたが、もともとの性格もあって反応は薄かった。

 フランスでの私の努力も、大手を振って認めてくれる身内はいなかった。
 私からそれを催促するつもりはまったくないが、両親の態度を残念に感じたのも否定はできない。

 けれど、時間の経過とともにあきらめの気持ちの方が大きくなっていた。
 喜んでもらえるわけでもがんばれと背中を押してくれるでもなく、期待などすっかり失ってしまった。
 こちらからはなにも知らせなくてもいいかと、ここ最近は私自身も両親から一歩引いていたのが現状だ。
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