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身代わりの結婚

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「えっと……」

 言葉を発したのはいいが、謝罪以外の言葉が見つからずに口ごもる。

「今回のことで、俺は怒ったり不快に感じたりはしていないから安心して。それに姉妹のどちらが優れているなど、それが成績や容姿の話だというのなら俺はまるで意味がないと考えている」

 彼の言葉にほっとして、肩の力が少しだけ抜けた。

「一嘩とは……ああ、もう婚約を解消したんだ。この呼び方はよくないな。君もみんな波川だから、不本意だが一嘩さんとさせてもらおうか」

 これまで通りの呼び方を拒否するのは理解できるが、〝不本意〟のひと言が引っかかる。けれどもちろん、それについて問い返す勇気はない。

「彼女とは縁あって婚約者になったのだから、俺としては少しでもよい関係を築こうとしていた。だが、なかなか上手くいかなくてね」

 寂しげに瞼を閉じて小さく息を吐きだした碧斗さんを見ていると、私の方が切なくなる。

 妹の自分から見ても、姉は美人だしスタイルもいい。以前から何人かと付き合っていたようだから、異性の目から見ても魅力的なはず。
 きっと碧斗さんも、姉と一緒に過ごしているうちに想いを寄せていったのだろう。

「すみません」

 姉の横暴な態度に、碧斗さんは苦しめられていたかもしない。そんな想像に、踏みとどまったはずの謝罪が口を突いて出た。

 眉を下げた私を、碧斗さんは困ったように見つめた。

「いや。音羽ちゃんが謝る必要はないから」

 カップに手を伸ばした彼の動きを視線で追う。
 コーヒーをひと口含んだ碧斗さんは、庭を眺めながら話を続けた。

「俺としては、恩のある波川家と縁づいて窮地を救いたいという祖父の願いを叶えたくて、一嘩さんに歩み寄る努力をしたんだ。今思えば、そのきっかけこそが彼女を頑なにさせていたんだろうな」

 どういう意味かと、首をかしげる。

 当時の姉の発言から想像するに、彼女はもともと碧斗さんの立場や容姿に惹かれていたはず。
 婚約したすぐの頃は、姉にも明確な恋愛感情はなかったかもしれない。ただ、付き合いを続けていたということは、彼女もまた碧斗さんに想いを寄せていったのだろう。

 姉は、なにに対してもはっきりとした性格をしている人だ。だから、嫌だと思うことを無駄に長引かせたりはしない。

 つまり彼女は、碧斗さんとの付き合いを拒否していたわけではないと想像している。

 それではいったい、姉は碧斗さんのなにが不満だったのか。
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