28 / 113
身代わりの結婚
11
しおりを挟む
しばらくして少しだけ緊張が解れてきたところで、ハンドルを握る碧斗さんをこっそり盗み見た。
今日の彼は、グレースーツを着用している。
そういえば私が見かけたときの碧斗さんがいつもスーツ姿だったのは、直前まで仕事をしていたからだろうかと、ふと疑問がよぎった。
忙しい立場にあるのだから、そんな時間に追われるような生活も仕方がないのだろう。なんにせよ、スーツをピシッと着こなす姿は素敵だ。
「いつ日本に戻ってきたの?」
不意に問いかけられて、目を瞬かせる。
「おととい、です」
私のぎこちない態度を、彼が小さく笑った。
「そう。フランスでの話も、また聞かせてほしいな」
「え、ええ」
当たり障りのない話をしているうちに、目的のカフェに到着した。
そこは人通りの多い道からは逸れた所にある店で、レンガ造りの外観がかわいらしい。
碧斗さんの印象とはかけ離れている気がするが、もしかすると姉と来たことがあるのだろうか。
姉とは、きっといろいろな場所へ出かけていたのだろう。
もう関係が切れているとはいえ、私の知らないふたりの姿を考えただけで気分が沈みそうになった。
店員の案内で、窓に面した席に着く。ガラスの向こうには、店の外からは見えなかった洋風の庭園が広がっていた。
庭の奥にはピンクのコスモスが咲き乱れ、手前の花壇には赤やオレンジ色のケイトウが満開を迎えている。
中央には蛇行した一本道が通っており、それを辿った先に植えられたコムラサキの鮮やかな紫色の実が目を惹いた。
別の一角には、緑があふれている。あれは、ハーブだろうか。遠目だからはっきりしないが、おそらくミントやローズマリーのようだ。
統一性なく様々な植物が植えられているが、それがかえってオシャレで目を楽しませてくれる。一見して無造作なようでも、おそらくそう見えるように手が入れられているのだろう。とにかく素敵で、いつまでも見ていられそうだ。
寸前に抱いた暗い気持ちが、庭を眺めているだけで嘘のように晴れていった。
「気に入ってくれたかな?」
外の景色に釘づけになっていた私に、向かいの席から声がかかる。ハッと我に返り、慌てて碧斗さんに向き直った。
「すごくかわいくて、つい見惚れてしまいました」
そう言いながら、再び庭に視線を送った。
「そうか。この店は、今日のために部下に教えてもらったんだ」
つまりここは、姉とは無関係な場所だ。そんな些細な事実に、気分が浮上する。
碧斗さんだって今回の話は突然だったろうに、私のためにこんな気遣いを見せられて、ありがたさとうれしさに自然と笑みが浮かんだ。
「よかった。やっと笑ってくれたね」
「え?」
どういう意味かと、控えめに視線で問い返す。
「こんな事態だから仕方がないとはいえ、会ったときから表情が強張っていたから」
今日は家を出る前からずっと不安で、ところどころ記憶が曖昧になっている。
そこへさらに長年の想い人からふたりだけで話したいと連れ出されて、緊張がずっと続いていたのだからそうなるのも仕方がないだろう。
彼の指摘が気恥ずかしくて、顔を隠すように頬に手を添えた。
今日の彼は、グレースーツを着用している。
そういえば私が見かけたときの碧斗さんがいつもスーツ姿だったのは、直前まで仕事をしていたからだろうかと、ふと疑問がよぎった。
忙しい立場にあるのだから、そんな時間に追われるような生活も仕方がないのだろう。なんにせよ、スーツをピシッと着こなす姿は素敵だ。
「いつ日本に戻ってきたの?」
不意に問いかけられて、目を瞬かせる。
「おととい、です」
私のぎこちない態度を、彼が小さく笑った。
「そう。フランスでの話も、また聞かせてほしいな」
「え、ええ」
当たり障りのない話をしているうちに、目的のカフェに到着した。
そこは人通りの多い道からは逸れた所にある店で、レンガ造りの外観がかわいらしい。
碧斗さんの印象とはかけ離れている気がするが、もしかすると姉と来たことがあるのだろうか。
姉とは、きっといろいろな場所へ出かけていたのだろう。
もう関係が切れているとはいえ、私の知らないふたりの姿を考えただけで気分が沈みそうになった。
店員の案内で、窓に面した席に着く。ガラスの向こうには、店の外からは見えなかった洋風の庭園が広がっていた。
庭の奥にはピンクのコスモスが咲き乱れ、手前の花壇には赤やオレンジ色のケイトウが満開を迎えている。
中央には蛇行した一本道が通っており、それを辿った先に植えられたコムラサキの鮮やかな紫色の実が目を惹いた。
別の一角には、緑があふれている。あれは、ハーブだろうか。遠目だからはっきりしないが、おそらくミントやローズマリーのようだ。
統一性なく様々な植物が植えられているが、それがかえってオシャレで目を楽しませてくれる。一見して無造作なようでも、おそらくそう見えるように手が入れられているのだろう。とにかく素敵で、いつまでも見ていられそうだ。
寸前に抱いた暗い気持ちが、庭を眺めているだけで嘘のように晴れていった。
「気に入ってくれたかな?」
外の景色に釘づけになっていた私に、向かいの席から声がかかる。ハッと我に返り、慌てて碧斗さんに向き直った。
「すごくかわいくて、つい見惚れてしまいました」
そう言いながら、再び庭に視線を送った。
「そうか。この店は、今日のために部下に教えてもらったんだ」
つまりここは、姉とは無関係な場所だ。そんな些細な事実に、気分が浮上する。
碧斗さんだって今回の話は突然だったろうに、私のためにこんな気遣いを見せられて、ありがたさとうれしさに自然と笑みが浮かんだ。
「よかった。やっと笑ってくれたね」
「え?」
どういう意味かと、控えめに視線で問い返す。
「こんな事態だから仕方がないとはいえ、会ったときから表情が強張っていたから」
今日は家を出る前からずっと不安で、ところどころ記憶が曖昧になっている。
そこへさらに長年の想い人からふたりだけで話したいと連れ出されて、緊張がずっと続いていたのだからそうなるのも仕方がないだろう。
彼の指摘が気恥ずかしくて、顔を隠すように頬に手を添えた。
11
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》
再会ロマンス~幼なじみの甘い溺愛~
松本ユミ
恋愛
夏木美桜(なつきみお)は幼なじみの鳴海哲平(なるみてっぺい)に淡い恋心を抱いていた。
しかし、小学校の卒業式で起こったある出来事により二人はすれ違い、両親の離婚により美桜は引っ越して哲平と疎遠になった。
約十二年後、偶然にも美桜は哲平と再会した。
過去の出来事から二度と会いたくないと思っていた哲平と、美桜は酔った勢いで一夜を共にしてしまう。
美桜が初めてだと知った哲平は『責任をとる、結婚しよう』と言ってきて、好きという気持ちを全面に出して甘やかしてくる。
そんな中、美桜がストーカー被害に遭っていることを知った哲平が一緒に住むことを提案してきて……。
幼なじみとの再会ラブ。
*他サイト様でも公開中ですが、こちらは加筆修正した完全版になります。
性描写も予告なしに入りますので、苦手な人はご注意してください。
初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる
ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。
だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。
あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは……
幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!?
これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。
※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。
「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる