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身代わりの結婚

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「音羽の気持ちはどうなる」

 ひとりだけ異を唱えたのは、翔君だった。

「なあ、音羽はそれでいいのか?」

 今それを聞かれても困ってしまう。私に自由な発言を許されるような空気ではないし、反対できる立場にもない。

 思いもよらない話になってしまっているが、私情でどうこうできるようなものではないと、翔君だってわかっているはずだ。

 それでもこうして問いかけてくれたのは、友人として私を心配しているからに違いない。
 てっきり翔君との仲も終わってしまうと思い込んでいただけに、彼の気遣いに心が温かくなった。

「翔には関係のない話だ」

 そこに突然、厳しい口調で碧斗さんが返し、私の肩が小さく跳ねた。

 言われた翔君は不機嫌な顔になったが、なにも言わないまま唇をぐっと引き結ぶ。

 以前、翔君が話してくれたが、自身は家業に携わらずやりたいようにさせてもらっている手前、碧斗さんには遠慮があるという。

 友人として私に気に掛けつつ、兄である碧斗さんに対して複雑な気持ちを抱えているのも事実で、翔君の表情がゆがむ。

「俺と結婚しても、音羽ちゃんの生活を制限するつもりはないから安心してほしい」

 私の方を向いた碧斗さんが、一転して穏やかな表情で話しかけてくる。

 これまでと変わらず〝音羽ちゃん〟と呼ばれた途端に、忘れようと隅に追いやった碧斗さんへの気持ちが勝手にあふれそうになる。

 けれど、この状況で感傷に浸るわけにはいかない。

〝こちらから相手を明確に指名していなかった〟と、さっき彼自身が言っていたくらいだ。もともと、姉との婚約も碧斗さん本人が望んだわけではなかったのだろう。

 それが交流を続けていくうちに彼は姉を受け入れ、想いを寄せるようになった。
 姉は碧斗さんに対しても傲慢な一面を見せていたにも関わらず、彼が早々に突き放さなかったのはきっとそういうことなのだろう。

 碧斗さんは今、どれほど苦しめられているのか。
 決してそれを表に出さないのは、いずれ会社を背負っていく立場にある彼の矜持なのかもしれない。

 でも、心の内までは誰にもわからない。

 犠牲者ともいえる碧斗さんにこんなふうに気を遣われているのだから、私に意見する権利などますますないに等しい。

 もちろん、碧斗さんが私に特別な感情を抱いているわけではないとわかっている。

 仕事の都合で仕方がなかったとしても、彼が求めてくれるのなら私から断りはしない。捨てきれなかった彼への好意も、そんな決断を後押しする。
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