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身代わりの結婚
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「このたびは一嘩がとんでもないことをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
ようやく口を開いた父に続いて、母と私も頭を下げる。
「いやあ、うん。とりあえず顔を上げてくれないか」
おじ様もまだ混乱の中にいるのを、その戸惑った口調から察する。彼の様子に強い怒りの感情はないようで、わずかにほっとしながら顔を上げた。
けれど、正面に座ったおば様は厳しい表情をいっさい崩していなかった。その姿に、こうして顔を合せるのも苦痛なのだろうとわかってしまう。
仕方がないとはいえ、以前は温かく迎えてくれた彼女の変わり様に胸がズキリと痛んだ。
「一嘩さんには、もう戻る意志はない。そういう認識でいいか?」
おじ様の問いかけに、膝の上で握られていた父の拳に一層力がこもるのを視界の端に捉えた。
形式的に確認されているだけで、万が一姉が心を入れ替えたとしても元には戻らないと、ここにいる誰もがわかっている。
たとえ碧斗さんがまだ姉を想っていようとも、周りがそれを許さないだろう。
「かまいません。娘は家も出てしまった。今日は直接謝罪もさせられず、本当に申し訳ない」
父が再び深く頭を下げた。
「一嘩には、うちの敷居を二度と跨がせるつもりはありません」
父がそう言い切ると、母がわずかに体を揺らした。
優秀な姉を気に入っていた母にしてみれば、怒ってはいても本気で娘を突き放すなんて難しいのかもしれない。
「……当然ね」
小声で忌々しそうに言い放ったのは、小野寺のおば様だ。隣に座ったおじ様が彼女の腕に手を添えて諫めているが、気が治まらないのも仕方がない。
張り詰めた空気の中、再びおじ様が口を開いた。
「これまでの事業をここで断念するのは、うちとしてもそれなりの痛手だ。波川屋と継続するか、それとも同業他社を検討するかとなるが」
縁の切れた相手を、優遇する理由はない。むしろ、それをしてしまえば公私の区別もつけられないのかと批判されかねない。
両親は波川屋の経営が危うくなると言っていたが、考えてみれば小野寺だって当然多額の投資をしているだろう。
進んでいた話がとん挫すれば、小野寺側も無傷ではいられない。その損害も波川側が負担するのが筋だろうが、うちにそんな力があるのか。
家業とは無関係な生活をして、状況をまったく把握していなかった自分が謝罪したところでなにも響かないだろうと、今さらながらに痛感させられた。
波川屋もまだ候補であるかのようにおじ様は言うものの、話は両家のだけの問題ではないくらいは私でも理解している。これは、お互いの会社を巻き込んだ話なのだ。小野寺の経営陣の中には、うちにこだわる必要性を感じていない人もいるかもしれない。
たしかに祖父の代でこちらが手を貸していたとしても、とっくに世代交代している。それに、もう何年も提携をしてきたのだから、うちは過分な恩恵を受けているに違いない。
そう考えれば、ここで見限られるのも仕方がないのだろう。
逆に、これでもまだ情だけで波川を受け入れるようなことがあれば、おじ様や碧斗さんの信頼にも関わってくる。
ようやく口を開いた父に続いて、母と私も頭を下げる。
「いやあ、うん。とりあえず顔を上げてくれないか」
おじ様もまだ混乱の中にいるのを、その戸惑った口調から察する。彼の様子に強い怒りの感情はないようで、わずかにほっとしながら顔を上げた。
けれど、正面に座ったおば様は厳しい表情をいっさい崩していなかった。その姿に、こうして顔を合せるのも苦痛なのだろうとわかってしまう。
仕方がないとはいえ、以前は温かく迎えてくれた彼女の変わり様に胸がズキリと痛んだ。
「一嘩さんには、もう戻る意志はない。そういう認識でいいか?」
おじ様の問いかけに、膝の上で握られていた父の拳に一層力がこもるのを視界の端に捉えた。
形式的に確認されているだけで、万が一姉が心を入れ替えたとしても元には戻らないと、ここにいる誰もがわかっている。
たとえ碧斗さんがまだ姉を想っていようとも、周りがそれを許さないだろう。
「かまいません。娘は家も出てしまった。今日は直接謝罪もさせられず、本当に申し訳ない」
父が再び深く頭を下げた。
「一嘩には、うちの敷居を二度と跨がせるつもりはありません」
父がそう言い切ると、母がわずかに体を揺らした。
優秀な姉を気に入っていた母にしてみれば、怒ってはいても本気で娘を突き放すなんて難しいのかもしれない。
「……当然ね」
小声で忌々しそうに言い放ったのは、小野寺のおば様だ。隣に座ったおじ様が彼女の腕に手を添えて諫めているが、気が治まらないのも仕方がない。
張り詰めた空気の中、再びおじ様が口を開いた。
「これまでの事業をここで断念するのは、うちとしてもそれなりの痛手だ。波川屋と継続するか、それとも同業他社を検討するかとなるが」
縁の切れた相手を、優遇する理由はない。むしろ、それをしてしまえば公私の区別もつけられないのかと批判されかねない。
両親は波川屋の経営が危うくなると言っていたが、考えてみれば小野寺だって当然多額の投資をしているだろう。
進んでいた話がとん挫すれば、小野寺側も無傷ではいられない。その損害も波川側が負担するのが筋だろうが、うちにそんな力があるのか。
家業とは無関係な生活をして、状況をまったく把握していなかった自分が謝罪したところでなにも響かないだろうと、今さらながらに痛感させられた。
波川屋もまだ候補であるかのようにおじ様は言うものの、話は両家のだけの問題ではないくらいは私でも理解している。これは、お互いの会社を巻き込んだ話なのだ。小野寺の経営陣の中には、うちにこだわる必要性を感じていない人もいるかもしれない。
たしかに祖父の代でこちらが手を貸していたとしても、とっくに世代交代している。それに、もう何年も提携をしてきたのだから、うちは過分な恩恵を受けているに違いない。
そう考えれば、ここで見限られるのも仕方がないのだろう。
逆に、これでもまだ情だけで波川を受け入れるようなことがあれば、おじ様や碧斗さんの信頼にも関わってくる。
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