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身代わりの結婚

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 食事を挟みながら過去を振り返っているうちに、転寝をしていたようだ。
 私の乗り込んだ機体は、すでに日本の上空を飛んでいた。

 羽田はねだ空港に到着して、そのまままっすぐに実家へ向かう。
 思った通り、日本の九月はまだ真夏のように熱い。羽織っていた薄手の上着は、脱いで腕にかけておいた。

 周囲を見渡せば、当然ながら日本語にあふれている。以前ならそれにほっとしていたが、今は少しも安堵できないでいる。

 帰宅すれば、早々にふたりの結婚を知らされるのだろうか。そんな想像に、ため息が幾度も漏れた。

 これから日本に拠点を移すとしても、姉たちから少し離れた場所で過ごせるようにしたい。ふたりの幸せな新婚生活を間近で見守るほどの心の余裕など、今の私にはない。

 実家に着くと、思った通り荷物の整理も終わらないうちに母に呼ばれた。
 リビングには父もいたが、ひと言「おかえり」と言って以来、眉間にしわを寄せたまま黙り込んでいる。

 室内は重苦しい空気に支配され、とてもお祝い事を報告するような雰囲気にない。
 もしかして、帰国を促されたのは姉の結婚とは関係のない用件なのだろうか。少しも幸せそうでない両親の表情に、よくない話なのかもしれないと疑念がよぎる。

 それであるならば私が呼ばれた理由に心当たりはなく、話を聞く前から不安になってくる。
 強張った表情を取り繕うこともできないまま、両親の正面に腰を下ろした。

 この場に姉がいないのは、仕事だからか。それとも、私だけに関する話があるのだろうか。
 抱いた疑問をのみ込んで、うつむき気味に両親の話を待った。

「……好きな人ができたからと、一嘩が碧斗さんとの婚約を破棄したわ」

「え?」

 気まずい沈黙に息苦しさすら感じはじめた頃、母が唐突に放った言葉に思わず声をあげた。

「相手は、勤め先の本社の人らしいわ。一嘩ったら、その人と一緒になるって私たちに宣言して、制止も聞かずに家を飛び出してしまったのよ。碧斗さんには、すでに知らせてあるからと」

 母が重いため息をこぼす。
 想定とは真逆の内容に、私の理解が追いつかない。

「優秀なあの子なら、小野寺家に嫁に出しても恥ずかしくないと思っていたのに。まったく、なんてことをしてくれたのかしら」

 母の口調に、焦りと苛立ちが滲む。
 それに対して私は、聞かされた話が衝撃的過ぎて驚きに目を見開いた。

 母は姉をなじりつつ、私では小野寺家の嫁になるなど無理だと言外に仄めかしているのかもしれない。被害妄想かもしれないが、これまでの扱いからそう考えるのも無理もないだろう。

 いつもなら母の言葉に心を痛めていたが、今はそれどころではない。
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