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姉の婚約

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 翌日の休み時間に、翔君を捕まえた。

「ねえ、翔君。碧斗さんに都大会で入賞したお祝いをもらったんだけど、お返しってどうしたらいいと思う?」

 碧斗さんからは楽譜が閉じないように挟む黄色のクリップと、音符の模様がかわいい手のひら大のポーチをもらった。どちらもすぐに活躍してくれそうだ。

「そんなに高いものじゃないんだろ? お祝いにって言ってるのなら、お返しはいらないんじゃないか」

「でも……」

 家族にはなんとなく聞き辛くてこうして翔君に尋ねてみたが、思ったような返答は得られなかった。
 彼にとって碧斗さんは実兄なのだから、そんな気安い返事になるのも無理もないのだろう。

 大人な碧斗さんに高校生の私が選んだものなど合わないかもしれないが、さすがにもらいっぱなしは気が引ける。

「そんなに畏まらなくてもいいって。どうしても気になるなら、お菓子なんか……って、音羽の家は和菓子屋だった。まあ店の商品じゃ味気ないだろうから、どこかちょっと有名な店の焼き菓子みたいな手もとに残らないものでも返したらどうか? それくらいなら、兄貴も遠慮せずに受け取りやすいと思う」

 それはいい案だとすぐさま用意して、数日後に碧斗さんに渡したところ大げさなほど喜んでもらえた。


 それからも、姉のついでにという理由でちょっとした贈り物をもらうようになった。

「音羽ちゃん、これどうぞ。仕事関係で行った先で見つけたんだ。一嘩とおそろいなんだけど、ふたり共に似合うと思って」

 碧斗さんが姉と婚約を結んで以来、半年以上が過ぎている。
 私とも何回か顔を合せているうちに、彼は以前よりもさらに親しげに接してくれるようになった。

「あ、ありがとうございます」

 碧斗さんが姉を〝一嘩〟と呼び捨てていると気づいてうろたえた。

 姉は碧斗さんの婚約者だ。私以上に彼と親しくしているのは当然で、呼び方が変わったのも順調に仲を深めている証拠なのだろう。

 その事実に心がざわめいたが、彼に気づかれないように平静を装う。

 手渡された小箱を開けると、中には陶器で作られた淡い黄色のブローチが入っていた。
 彼はこれを、小野寺の経営する店で使用する食器を探しに出向いた先で見つけたのだという。

 形は丸くて、大きさは二センチほどになる。その表面には複雑な幾何学模様が彫られており、飾っておくだけでも素敵だ。
 姉にはターコイズブルーの同じデザインのものを用意したと、碧斗さんが教えてくれる。

「ちょっと。妹にまで気を遣わなくてもいいじゃない」

 遅れてやってきた姉に、受け取っていた場面を見られてしまう。

 彼女は渡されたプレゼントの中身を見もしないまま、早々にバッグに入れてしまった。そうして、おもしろくなさそうな態度で彼の腕を引く。

「さっさと行きましょうよ」

 その近い距離感にズキリと胸が痛んだが、気づかないふりを押し通した。

「碧斗さん。本当にありがとうございます。ですが姉の言う通り、私にまで気を遣ってくれなくても……」

「ほら。音羽もそう言ってるわ」

 これ以上なにも言わせないとでもいうかのように、姉が強引に話を遮る。

 私のせいでふたりを仲違いさせるわけにもいかずに遠慮をしたが、彼の優しさを無碍にするのも心苦しい。
 姉に見られないような角度で碧斗さんと視線が合い、互いに謝罪の意を込めた視線を送り合った。
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