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姉の婚約
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それから一カ月ほど経った頃に、姉を迎えに来た碧斗さんに再び声をかけられた。
「こんにちは、音羽ちゃん」
毎度のことながら、姉は準備に時間がかかっているらしい。
今日は母が不在だ。さすがに客人を放ってはおけなくて、玄関先で碧斗さんと対面する。
「こんにちは。姉は……まだみたいですね。お待たせしてすみません」
「いいよ」
彼は苦笑する程度で流してくれるが、約束のたびに待たせるのは人としてどうかと思う。
それに会社の力関係を考えたら、彼に待ちぼうけを食らわせるのはなおさらだめだ。
無神経な姉に対して、だんだん腹立たしくなってくる。
「それより、翔から聞いたよ。都大会で賞を取ったんだって?」
話題が変わって我に返る。彼の問いかけに、自然と笑みが浮かんだ。
地区大会を無事に突破した私は、先日行われた都大会でクラリネット部門の二位に入り、優秀賞を受賞した。
「はい。翔君も友人らと応援に来てくれたんですよ」
両家の顔合わせ以来、翔君は『親族になるのだから』と親しく接してくれる。私の友人とも仲良くなり、先週末に開催された都大会に連れ立って聴きに来てくれた。
「そうか。俺も、音羽ちゃんの演奏を聴いてみたかったな」
ふわりと微笑む碧斗さんに、鼓動が大きく跳ねた。
彼は姉の婚約者だとわかっているが、こんな容姿の整った大人の男性に正面から微笑みかけられたら、なんだか落ち着かない。
「あ、えっと」
途端にそわそわした私を、彼は小さく笑った。
「そうだ。受賞のお祝いがあるんだ。たいしたものじゃないが、受け取ってもらえるとうれしい」
私が戸惑っている間に、小ぶりの包みを手渡される。
「気に入ってくれるといいけど。ああ、一嘩さんには内緒だよ」
いたずらっ子のような口調で言われて、普段とのギャップにドキリとする。
ほどなくして、姉が二階の自室から出てくる音が聞こえてピクリと肩を震わせた。もらったプレゼントは、とっさに服のポケットに隠しておく。
「これからも、がんばって」
「あ、ありがとうございます。プレゼントも、うれしいです」
なんとかそれだけ伝えて、彼のもとを離れた。
階段の下ですれ違った姉が疑わしげに私を見てきたが、すぐさま視線を逸らした。
直後に、背後からふたりのやりとりが聞こえてくる。
「音羽となにか話していたの?」
なんとなく気になって、歩調を緩めてしまう。
「挨拶をね。俺に気を遣って、相手をしてくれたんだよ」
碧斗さんの様子からは、決して待たされたことへの嫌味を言いたいわけではないと伝わってくる。そんな彼に対して、姉から謝罪はひと言もなかった。
「ふうん。音羽は無口な子だし、話していてもおもしろくなかったでしょ」
姉の言葉に、ズキリと胸が痛む。
碧斗さんがどんな表情でそれを聞いているのか、怖くて振り返られない。
姉が彼に私を悪く言い続ければ、いずれ碧斗さんだって同じように思うのかもしれない。
彼は母や姉とは考え方の違う人だと感じているのも事実なのに、どうしても自信を持てずにいた。
「こんにちは、音羽ちゃん」
毎度のことながら、姉は準備に時間がかかっているらしい。
今日は母が不在だ。さすがに客人を放ってはおけなくて、玄関先で碧斗さんと対面する。
「こんにちは。姉は……まだみたいですね。お待たせしてすみません」
「いいよ」
彼は苦笑する程度で流してくれるが、約束のたびに待たせるのは人としてどうかと思う。
それに会社の力関係を考えたら、彼に待ちぼうけを食らわせるのはなおさらだめだ。
無神経な姉に対して、だんだん腹立たしくなってくる。
「それより、翔から聞いたよ。都大会で賞を取ったんだって?」
話題が変わって我に返る。彼の問いかけに、自然と笑みが浮かんだ。
地区大会を無事に突破した私は、先日行われた都大会でクラリネット部門の二位に入り、優秀賞を受賞した。
「はい。翔君も友人らと応援に来てくれたんですよ」
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「そうか。俺も、音羽ちゃんの演奏を聴いてみたかったな」
ふわりと微笑む碧斗さんに、鼓動が大きく跳ねた。
彼は姉の婚約者だとわかっているが、こんな容姿の整った大人の男性に正面から微笑みかけられたら、なんだか落ち着かない。
「あ、えっと」
途端にそわそわした私を、彼は小さく笑った。
「そうだ。受賞のお祝いがあるんだ。たいしたものじゃないが、受け取ってもらえるとうれしい」
私が戸惑っている間に、小ぶりの包みを手渡される。
「気に入ってくれるといいけど。ああ、一嘩さんには内緒だよ」
いたずらっ子のような口調で言われて、普段とのギャップにドキリとする。
ほどなくして、姉が二階の自室から出てくる音が聞こえてピクリと肩を震わせた。もらったプレゼントは、とっさに服のポケットに隠しておく。
「これからも、がんばって」
「あ、ありがとうございます。プレゼントも、うれしいです」
なんとかそれだけ伝えて、彼のもとを離れた。
階段の下ですれ違った姉が疑わしげに私を見てきたが、すぐさま視線を逸らした。
直後に、背後からふたりのやりとりが聞こえてくる。
「音羽となにか話していたの?」
なんとなく気になって、歩調を緩めてしまう。
「挨拶をね。俺に気を遣って、相手をしてくれたんだよ」
碧斗さんの様子からは、決して待たされたことへの嫌味を言いたいわけではないと伝わってくる。そんな彼に対して、姉から謝罪はひと言もなかった。
「ふうん。音羽は無口な子だし、話していてもおもしろくなかったでしょ」
姉の言葉に、ズキリと胸が痛む。
碧斗さんがどんな表情でそれを聞いているのか、怖くて振り返られない。
姉が彼に私を悪く言い続ければ、いずれ碧斗さんだって同じように思うのかもしれない。
彼は母や姉とは考え方の違う人だと感じているのも事実なのに、どうしても自信を持てずにいた。
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