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姉の婚約

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 プロのクラリネット奏者として身を立てるのは、かなりの狭き門だ。
 今は欠員の出た楽団の助っ人や、パーティーなどイベントの場で演奏する仕事を主にこなしている。

 それから、こちらで知り合った仲間とライブ活動を精力的に行っている。
 カフェや酒場で演奏する機会が多く、お世話になった店では自主製作のCDも販売している。利益はごくわずかでほとんど趣味のような活動だが、場数を踏ませてもらえる貴重な体験だ。

 演奏活動を通して知り合った人から、さらに依頼が舞い込むチャンスもある。
 それらから得られる収入とバイト代を合わせれば、なんとか暮らしていける程度には稼げている。貯金はままならず決して裕福とは言えないものの、私は現状に満足していた。

 ただ、こういう生活をいつまでも続けられるわけではないとわかってもいる。

 暮らしは常に不安定で、いつか経済的に行き詰るかもしれない。
『定職に就いていないなんて恥ずかしい。いい加減に帰国して、日本で腰を落ち着けなさい』と、母が言うのも当然だ。

 私自身は今の自分を恥ずかしいなどと感じたこともないが、親世代から見たらなんとも頼りなく、他人に言えるようなものではないのだとわかってはいた。

 クラリネット奏者としてフランスで活動するのも、そろそろ潮時なのだろう。

 この帰国をきっかけに、そろそろ今後について見つめ直してみようか。 
 日本で演奏や録音の依頼を受けながら、音楽教室で講師を務められたら理想的だ。以前関わったメディアで使用するジングルの作曲のような仕事も、伝手を頼って受けられるだろうか。

 今後の想像をしながら先の予定を確認したところ、明日と三日後の夜にある演奏会以外のものはなんとかなりそうだと目途が立つ。日程的にも余裕があるため、友人に声をかければ代打はすぐに見つけられるはず。

 スケジュール調整に問題はなく、小さく安堵する。
 同時に、自分の代わりはいくらでもいるのだと痛感させられた。

 そんな言いようのない寂寥感を振り払いながら、荷物をまとめようと動きはじめた。


 メールを受け通ってから一週間が経ち、日本へ帰るために空港へ向かう。
 9月に入ったフランスの気温は、日本の10月頃に相当する。日本に到着した際に温度調節がしやすいよう数枚の服を重ね着して、薄手のショートコートを羽織った。

 こちらに戻って来られるのはいつになるかわからず、馴れ親しんだカフェでのバイトは残念だが一旦辞めることにした。
 気のいい店主は休み扱いでいいと言ってくれたが、そろそろ本格的な帰国を意識すればいろいろとけじめをつけなければならない。完全に乗り気ではないものの、自分の中でなんとなくそんな決意が固まりつつあった。

 まるで身辺整理をするかのように部屋の片づけも進め、惜しい気もしたが新規の依頼も断りの返事をしておいた。

 時間になり、飛行機に搭乗する。
 背もたれに体を預けると、目を閉じながら婚約の話を聞かされた当時を思い出していた。
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