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十一章
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しおりを挟む「お姉ちゃん」
突然、あの愛おしい声が鼓膜を震わせた。「……なるほどね」ある程度予想がついた私は、少々不愉快な気持ちになってそうつぶやいた。
「クロス、ここには私達以外に誰かいるの?」
「え、いないけど。なにか見えるの?」
「うん」大きく頷く。視界の中、“ねじ”の向こう側に、数人の足があった。「ものすごく気分の悪いもんが見える」
男性物の、黒い革靴を履いた足。そこから灰色のスラックスの裾が伸びている。
細い華奢な女の素足が、華やかなデザインのサンダルを履いている。
小さな小さな子どもの足が、その真中にある。
視線を、ゆっくりと上に上げていく。見覚えのある体つきの、見覚えのある顔をした三人の人物。もちろん、読者諸君は容易に答えがわかることだろう。私の家族だ。
「お姉ちゃん、お家に帰ろうよ」
弟の達也が、一歩こちらに歩み寄ってそう言った。これは幻覚だ。わかりやすい。まるで最後の悪あがきのようだ。“ねじ”が往生際悪く、抵抗しようとしている。しかし私は少しギクリとしてしまった。興味の無さそうな無表情か、気に入らない事があったときに、私を殴る怒りの表情しか見たことのない父が、初めて見る表情をしてこちらを見ていた。
「ハルノ」
幻覚の父は言った。その声はいつもの冷たい声ではなく、悲しそうで温かい声。思わず私は目をそらした。動揺してしまった。そんな声は、まるで普通の父親のようではないか。子供を愛している、まともな父親ではないか。
じていた唇を、「い」の形に大きく開き、私はそこから懸命に呼吸をしようとした。下が震えた。持ち上がった頬の肉の上で、下まぶたにはいっぱいの涙が控えている。
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