わたしの愛した世界

伏織

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九章

9-17

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足音を殺して、寝室の扉の陰に隠れた。もう少しすれば、父も異変に気づくであろう。その前に、ここに潜む必要があった。


しばらく衣擦れの音がゴソゴソと続いて、着替え終わったらしい父がウォークインクローゼットの中を数歩、歩く音が聞こえた。そして、


「うわああああああああああ!!!」


なにかに気付いたらしい。父はそれを見て悲鳴をあげ、ドタドタとその場に倒れ込んだのだろう。一連の物音を聞いて、私は笑わずにはいられなかった。ニヤニヤと、口いっぱいに笑みを浮かべる。「どうしましたかー?」笑い混じりに、大きな声で問いかける。言葉にもならない叫び声が返ってきた。
これにはたまらず笑い声を上げてしまった。右手に持った出刃包丁の柄と、左手に持った空の一升瓶が、腹を抱えた際にぶつかりあって硬い音を鳴らす。


「晩酌の準備ができてますよー!飲んだ後は、いつもどおり私を犯せばいいじゃないですか!あはは!」


ケラケラ笑っていると、少し冷静になったらしい父が、「おい、少し落ち着こう」と押さえた声で言う。ゆっくりと、確かめる様に、一歩一歩寝室の入り口に近付いてくる足音。


「一体どういうことなんだ。皆で俺を担いでるのか?」


そういう彼の声は、わずかに笑っていた。先程の絵の具の件と同様に、たちの悪いいたずらかも知れないと考えているのだろう。しかし、私は父に一つ嘘をついているので、そこは謝らないといけない。

扉の陰に隠れている私の姿は、父には見えていない。寝室から出てきた父は、私がさっきまで居たキッチンを、カウンター越しに覗き込んでいる。私はその背後に素早く近寄ると、右手の出刃包丁を後ろから、その脇腹に突き立てた。


「お父さん、本当はあれ、本物の血なんですよ。絵の具じゃありません」



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