わたしの愛した世界

伏織

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九章

9-15

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父は毎日、帰宅してすぐにリビングに直行する。そして少し酒を飲みつつテレビでニュース一通り見てから、寝室のクローゼットに着替えをしに行く。しかし、今日はすでにどこかで飲んで来たようなので、おそらくこのまま寝室に向かうはずだ。


「お父さん」


靴をすぐ父の背中に声をかけた。「どうして私にこんなひどいことをするの?」その問いに、父の動きが一瞬だけ止まった。方が小さく、びくりと跳ねたようにも見えた。彼の心のどこかに、ほんの少しでも後ろめたさがあるのだと、その様子で察した。


「ごめんなさい。変なことを聞いてしまいました。今後気をつけます」

「うん」


靴を脱いでこちらへ振り向きながら立ち上がった父は、いつもどおり私を見ようとはしなかった。しかし、今日はいつも以上に、私を見ないようにしているのがわかった。押し付けられた父の鞄を受け取り、後についてリビングへ向かう。

私の予想した通り、父は寝室に直行しようとした。しかし、扉を開ける直前で、動きが止まった。今度は一瞬ではない。それを気にせず、いつもどおりに父の鞄を、リビングのソファの後ろにあるチェストの上に置いた。

そして父が着替えた後に晩酌ができるようにと、台所に行って準備をすることにした。父は私が背後を通り過ぎた瞬間、先程とは比べ物にならないほどにわかりやすく、大きくびくりと体を弾ませた。


「今日は母さんが実家からしめ鯖をもらって来てます。日本酒は浦霞と相模灘がありますよ」

「………おい」

「はい」


父の声は震えていた。寝室への扉のドアノブに触れようともせず、ただそれを凝視している。「これはなんだ」と、震えた声で尋ねられたので、私はしれっと答えた。


「さあ、よくわかりませんが、まるで血のような赤ですね」


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