わたしの愛した世界

伏織綾美

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八章

8-2

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駆け寄ってきた息子を抱きしめ、彼女は守ろうとした。そして背中にトドメを刺され絶命した彼女の体の下敷きになった息子は、死にものぐるいで這い出ようとした。奥さんの死体の近くに靴が落ちていたのは、恐らくそのためだろう。何故すぐに這い出ようとしたのか、それは自分の母親を目の前で殺した奴が、自分の事も殺そうとしていたからだ。

上手く這い出て逃げようとしたのか、それとも無理やり引っ張られたのかは定かではないが、男の子は奥さんの体の下から抜け出した。隠れるために入ったとは考えにくい、恐らく無理やり引き出しの中に入れられたのだろう。

そして、男の子は何度も何度も殴られた。最初に見た時には気付かなかったが、頭と太ももの大きな傷以外にも、内出血や小さな切り傷が無数に身体中についている。母と息子は、いたぶられて殺されたのだ。強い悪意を感じる。


気付けば、私はその場に蹲っていた。喉の奥から、静かな獣のような唸り声が出ている事を自覚したが、そんなみっともない姿を改めるほどの余裕はなかった。
自分はもっと強いと思っていた。こんな、小さな子供の悲惨な死を目の当たりにしても、動じるような女ではないと思っていた。思い上がっていた。思い違っていた。このどうしようもない、無力感は何だ。どうしようもない憤りは何だ。今までこんな、自分の身を突き破ってしまいそうな程、強い気持ちに支配されたことは無い。こんなにも、こんなにも、人を殺してやりたいと感じることがあるなんて。


「結論から言うと」


突然、いや、私が気付かなかっただけなのだろうが、背後から声を掛けてきた人物が居た。「この村の人間は全員死んでる」クロスだった。杖を片手に、そして空いた方の手を腰に当てて、無表情でもないが、しかし感情というものも読み取れない透明な顔をして、蹲る私を見下ろしている。


「ライラも死んでた。でも、収穫はありそうだよ。
あの女について、調べられるかもしれない」

「........そうか」

「随分と酷いね、それ」


シーソーというか、天秤というか、まるで私の取り乱した感情とは逆に作用してるらしく、彼は落ち着いていた。その様子を見て、私の心の波も一気に引いた。


「あの人とは、そのうち決着をつける必要があるな」

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