わたしの愛した世界

伏織綾美

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七章

7-13

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つい数時間前まで過ごしていた部屋の中は、記憶の中の様子とは随分違っていた。まず、窓のガラスがすべて割れているし、ベッドが綺麗にひっくり返っている。これは先程目の前で女がひっくり返しているのを見たが、その時のままだ。

そして、


「もう帰ろうよ……」


最大級の嫌悪感のこもった声で呟くクロスの視線の先に部屋の入口があり、そこで一人の男性が仰向けに倒れていた。廊下の明かりは点いており、男性の見開いた目に鈍い光を差していた。紛うことなく、死んでいた。腹部にまだナイフが刺さっているのだから、見れば解ることだが。周りに血液が流れ出たような跡があるが、大半は板張りの床に染み込んでしまったように見える。


立ちすくむ二人を尻目に、私は男性に歩み寄ると、しゃがんで彼の目を閉じさせてやろうと右手でまぶたを押さえた。昔、何かの映画で見たことがある。死んだ友人のまぶたを、優しく手で閉じてやる主人公。
しかし、まぶたは閉じることができなかった。石のようにとまではいかないが、硬直してこわばった筋肉によって、まぶたは開いたままで固定されていた。死後硬直、というものだろう。詳しくは知らないが、死後二時間ほどで始まるものだと本で読んだことがある。

映画のマネも、実際するのも難しいもんだな。

諦めて立ち上がると、私は真っ白で人形のような男性の死体を跨いで廊下に出た。振り返ると、エリザがこわごわとこちらに歩いてきていたが、クロスは笑いでも誘うかの様に顔を顰め、私に向かって手を振った。


「ごめん、僕ここ嫌いだわ。悪いけど外の様子見てくるから」


そう言うと、杖をわずかに動かした。何かが弾けるような音がして、クロスの姿が一瞬にして消えた。移動魔法を使うときって、あんなふうになるんだな。

「ひどい子ねえ、女の子とおばあさんを残して一人だけ逃げるなんて」彼のしかめっ面を思い出したのか、ぎこちなくもクスクスと笑いながら、エリザが男性の死体を跨いだ。取り乱すかと思いきや、なかなかに肝が据わっている。

「それでも、移動魔法なんて高度なものを自在に操れるなんて、あの子はああ見えて強力な魔法使いなのねぇ……」

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