わたしの愛した世界

七章

７-１

七章


クロスに腕を掴まれた直後、狭いスペースに無理やり体をねじ込むような感覚が全身を包んだ。彼の移動魔法だ。なんの構えもなしに、いきなりやられたもんだから、体調は一気に悪くなる。

体感的にはかなりの間、全身を圧縮されていた気がするが、実際は一瞬なのだろう。気づけば私達は暗いところに立っていた。足元は凹凸が激しく、頭上は暗いが隙間から夜空が見える。どうやら森のようだ。


「やばい、吐きそう」

「ごめん。あのまま君の好きにさせてたら、間違いなく窓から飛び降りて骨折すると思って」


確かに、あの女性の仲間が廊下にいる気配がしていたので、窓から飛び降りてでも逃げようと考えていた。実際にやっていたら、彼の言う通り大怪我をしていただろう。自分で気づかなかったが、動揺していたらしい。仮に飛び降りるとしても、クロスの魔法で飛ぶなりのことをしないと、彼らを撒くのは無理だろう。考えつく逃走または対抗の策の中で、今回のクロスの機転は最も最善な行動と思える。

「どこだろう、ここ」移動した本人ですらそう言ってしまう程には、互いに冷静ではなかったのだろう。あの村からどれほど離れてしまったのか、そしてあの女性は一体何なのか、わからないことは沢山ある。


「どこかはわからないけど、あれ」


しかし、このまま遭難という最悪なコースは回避できそうだった。切り絵の様に、黒くはっきりとした陰になっている木々の間の向こうを目を眇めて見ると、少し離れた場所に小さな一軒家があるのが見えたのだ。窓からこぼれる明かりが、長い航海で疲れ果てた中で、やっと見つけた灯台のようにありがたかった。


「とにかく行ってみよう」


偶然にも民家の近くに移動したクロスに心のなかで感謝しながら(絶対本人には言いたくない)、私はその光に向かって歩きだした。クロスは魔法を使った反動なのか、ゼイゼイと息を切らしながらも私の後に続いた。私の向こう見ずな行動のせいで、この様に苦労をかけてしまうのは少々心苦しいが、そもそもあのよくわからない女性のせいだから、あまり気にしないようにしよう。