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六章
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しおりを挟む最後はひとりで出ていってしまったし、勝手に期待して、また気持ちを落とされるのはつらい。できるだけ楽観的な憶測はしないようにしなくっちゃ。
昨夜の彼の言葉の一部が、脳内によみがえってくる。
『俺が、どれだけ我慢してきたと思っている』
『知らなかったか? 媚薬など飲まなくても、俺はいつでもきみに欲情している』
まるでわたしに興味があるかのような言い方。でも、きっと女性みんなにささやいているリップサービスなのだ。だって『こういうことは、もっと心身ともに成長してからでないと』って言っていたもの。
しかも、わたしから誘惑したのに号泣して終わるなんて、子ども扱いされても当然だ。
「そのうえ、不甲斐なくて申し訳ございませんでした」
わたしとクリストフの間の変な空気に気づいたのか、周囲に控えているメイドたちが目を見合わせている。
どうしよう。メイドたちは主人夫婦がまだ初夜を迎えていないという事実を知っているはずだ。これまでシーツが汚れていたこともないし、わたしの体に愛された痕跡が残っていたこともない。
そして、昨夜なにかがあったらしいというのも薄々わかっているはず。
情けなくて、また恥ずかしさが込み上げてくる。
頬がかっと熱くなった。
きっとわたしも、クリストフに負けないくらい赤くなっているだろう。
彼もやっと周囲の目に気づいたのか、小声で話を続けた。
「きみは悪くない。いや……やっぱりきみが悪いのか?」
「え? わたくしがなんですの?」
クリストフのつぶやきが低すぎて聞き取りづらい。
「きみが、か、かわいすぎて……なんでもない」
「はい? かかわ? 今、なんておっしゃいました?」
さらに小さな声でブツブツと言っているので聞き直すと、クリストフはまた黙ってしまった。
居心地の悪い沈黙が流れる。
なんだかあまりに意思の疎通が取れなくて、どんどん悲しくなってきてしまった。
もともとなかった食欲が完全に消え、わたしはカトラリーをテーブルに戻した。
しばらく無言だったクリストフが、ふたたび口を開く。
「明日から王族の地方視察に同行する。ひと月ほど留守にするが、大丈夫か?」
「そういえば、明日からでしたか」
結婚式の前から話は聞いていたけれど、わたしが準備することはなにもないと言われていたし、今日まで話題にものぼらなかったので忘れかけていた。
クリストフの仕事は、王族を警護する近衛騎士団の騎士団長。王族の行くところには伺候しなければならない。
とくに今回は長期の視察になるので、団長自ら指揮を取るのだろう。
最初にその話を告げられたときは、新婚早々長期出張なんて王族も気が利かないと内心思っていたけれど、もしかしたらちょうどいいタイミングかもしれない。
(わたしもいい加減頭を冷やして、クリストフさまとの関係に向き合わなくちゃ)
クリストフが帰ってくるまでに、今後自分がどうしていくのか態度を決めよう。
わたしはどういう妻を目指すのか、どんな夫婦関係を築いていきたいのか。
思えば彼と婚約できてから浮かれてばかりで、具体的な未来のことなど考えもしなかった。結婚さえすれば甘くて幸せな生活が待っていると、無邪気に信じていた。
「クリストフさまの無事のお帰りをお待ちしております」
そんなわたしをクリストフがじっと見つめていた。
その視線が鋭すぎて、やっぱりわたしは嫌われてしまったのかとますますつらい気持ちになったのだった。
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