わたしの愛した世界

伏織綾美

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五章

5-10

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 ライラと彼は一ヶ月前から交際を始め、しばらくそのことは秘密にしようと言われたそうだ。もしかすると、彼女以外にも「こっそりと付き合って」いた女性が居たのかもしれない。

 そして今日、私達よりもずっと早い時間に、ライラは彼にこっそり連れられてこの山に入ったそうだ。「山の中に秘密の小屋があるので、そこで過ごそう」という誘い文句で。途中までは彼女も幸せだった。しかし頂上付近で事態が変わった。見知らぬ二人の男が現れ、ルークと一緒に襲いかかってきたのだ。


 そしてなんとも強かなことに、ライラは長いこと逃げ回っていたのだ。クロスが遠くからそれを見かけた時は夕方近くで、彼女が逃げ始めたのは昼ごろらしいので、恐らく三時間弱は走り回っていたことになる。執拗に追い回していたルーク達もご苦労なことだが、それを相手に長時間捕まらずに逃げ続けた彼女の強さには舌を巻く。下山する道さえ見失わなければ、ちゃんと町に帰れたかもしれない。

 そして、捕まった際に上げたあの叫び声。生き物は恐怖に支配されると、体中の筋肉を上手く動かせなくなる。声帯も筋肉なので、同様だ。
 彼女は捕まった瞬間も諦めていなかったのだろう。その後流石に絶望してしまったそうだが。結果的にあの悲鳴があったお陰で彼女を助けることが出来た。まあ、悲鳴というよりは咆哮ほうこうだったが。


「助けてくれてありがとう。
 ところで、さっき男が宙に浮かんで木に叩きつけられていたと思うんだけど」

「ああ、あれは私達が食料調達のために罠を仕掛けてまして。
 偶然引っかかったみたいですね」


 我ながら無理のある嘘だ。もっと上手い嘘をつけないものだろうか。

 しかしライラは飄々ひょうひょうと「隠さなくていいよ、魔法でしょ」と言った。思わず身構えて彼女を見たが、その表情には敵意を感じられなかった。


「あんな昔話、全く疑問に思わずに信じてるみんなの方が馬鹿でしょ。あの岩のせいで山が枯れてたのを、地震が解決してくれたのはちょっと頭使えば分かるよ。
 ま、このこと昔父親に話したら殺されかけたから、ずっと黙ってたけど」


 それを聞いて、やはり人間というものの中には、周りの話に惑わされずに自分の見方で考えることができる人もいるのだと実感した。しかし、同時にやはり多数派は少数派を押さえつける存在なのだと思い知らされた。たとえそれが間違いだとしても、多くの人が信じている方が正義になるのだ。


「良かったです、もし大騒ぎされたら殺すしかありませんでした」
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