わたしの愛した世界

伏織

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五章

5-8

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肩を縮こませてマント掴む女性の姿に、あの日私が置いた傘の下で身を縮めた猫の姿が浮かび、そして思い出した。





あのとき、私は親猫と子猫を助けなかった。確かに傘は置いてやった。
しかしその前にこの足で、この右足で、子猫の腹を蹴り上げた。地面に投げ出される子猫に歩み寄り、腹を力いっぱい踏みつけた。怪我をして動けない親猫の前で、子猫を殺した。
猫という生き物は嫌いではないが、表情がわかりにくい。親猫は激しい鳴き声を上げながら私を見上げていたが、その顔からはなんの感情があるのかは伺えなかった。子猫を踏んだのと同じ足を持ち上げると、わざとゆっくりとした動作で親猫の頭に近付けていった。

顔を踏まれ、汚い鳴き声を上げながらも弱々しく、しかし必死に抵抗しようとする親猫を苦しめるように、ゆっくりと力を込めていく。鳴き声はだんだん弱くなり、ギーッという不思議な声を上げると、もう二度と鳴かなくなった。全体重をかけると、ぐしゃっと音と共に靴越しに嫌な感触がした。


生き物を殺したということに対し、なにか感じるものがあるかと己に期待した。が、感情は不自然なほど平坦だった。これが普通のことなのだろうか。
猫を殺した後はどのような行動を取るべきだろうか。一通り考えて出した答えが、とりあえず傘を置いて死体が濡れないようにするというものだった。

それが正解どころか、そもそも猫を殺すことからして間違いなのは、さすがに今ならわかる。何故そのような行動に至ったのかはわからない。
後日学校では猫殺しの噂が流れ、飼っている猫を殺されないように祖父母の家に移動させた同級生もいた程には騒がれた。

背筋が冷える。記憶が改竄されていた。生き物を惨殺するという最低な行為を自分の中で無かったことにしていた。どうしてあんなことをしたのだろう。


「助けてくれて、ありがとうございます」


吊り目がちで猫のような目で私を見上げる女性を見て、手が震えた。あのとき殺した猫が、生まれ変わって再び私の前に現れた。そんなわけないのは分かっているのに、私の口の中はカラカラに干からびた。



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