極上の女

伏織

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序章

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序章



気付いたら、知らない家の中に居た。

いつの間に、どうしてこんな所に居るのか、冷静に考えようと思えば出来ただろう、だが考えなかった。



どうやらここは玄関のようだ。背後にある扉にめられた小さなガラス窓から、日が差し込んで足元を照らしていた。

男物の革靴が一足、揃えて置いてある。それ以外、靴はない。おそらく、右手側にある靴箱の中も、空っぽだろう。そんな気がした。


いやに静かだ。外からの音も聞こえない。

後ろを振り返ると、階段があった。階段の横には短い廊下があり、奥に畳張りの部屋が見えた。

窓から燦々と太陽の光が入り込み、優しく部屋を照らしている。それを見ていたら無性に自分もその光に当たりたくなって、私は廊下を歩いていった。


静かな家の中に、私の足音が響く。不自然なくらい大きな音だ。

しかし今はそんなことはどうでもいい、とにかくあの光の中に行こう。そうすれば安全だから――――。


暖かい光が近付くにつれ、闇が深いことにも気がついた。


部屋の入り口のすぐ横、階段の下の方に、黒く大きな扉がある。古めかしい南京錠が扉を封印しており、いかにも「開かずの間」のような雰囲気を醸していた。


その扉の前を横切らないと、光の中には入れない。
だか、横切りたくない。異様な何かを感じるのだ。

近寄りたくない、やっぱり戻りたいと願った。だが身体は言うことを聞かず、その扉に向かって歩いていく。

そして、扉の前で立ち止まった。


違う、そうじゃない。私は光の中に入りたいのだ。そこじゃない。もう少し行った先にある部屋に行きたいだけなのだ。


耳鳴りがしてきた。
もはや自分の息遣いすら聞こえない程の耳鳴り。



私は両手を伸ばし、南京錠を掴んだ。
南京錠はアッサリと外れた。壊れてたのだろうか。それとも、何者かがわざと、脆い物を付けていたのだろうか。


南京錠を外し、扉を開けた。

真っ暗な中を降りていく、コンクリートの階段。

右手を壁に這わせ、いとも簡単に照明のスイッチを見つける。


鈍い光で照らされた階段を降りていく。


すると、小さな部屋があった。




正方形の狭い部屋に、ベッドと、洋式の便座があった。

最後の一段を降りた瞬間、背後で扉が大きな音を立てて閉まった。閉じ込められた、と恐怖を覚えたのは一瞬で、興味はすぐに目の前の光景に戻った。


コンクリートで出来た部屋。まるで監獄のようだ。


ベッドに近寄ってシーツを触ってみると、少し湿っていた。触った手を臭ってみた。不思議な臭いがした。どちらかというと、不愉快な臭いだ。

よく見るとシーツは茶色く汚れている箇所が幾つかあって、そのうち二つか三つは、なんだか色が濃くて、乾いた血液を連想した。


「…………」


いきなり、背後で気配がした。

慌てて気配のほうを振り返った。


部屋の一角が、不自然に暗い。真っ黒だ。気配はそこからしていた。


何かの呻き声のようなものが聞こえてきた。同時に壁を引っ掻くような音も。


最初は何も無いように見えたその真っ黒な部分だったが、呻き声と物音が少しずつ大きくなるにつれ、同様に少しずつ変化が現れた。


最初に見えたのは、指だった。灰色に近い皮膚に覆われた指が、ゆっくりと、壁から出てきている。

私はその光景を、さして驚きもせずに見守っていた。寧ろ喜んでいた。早く出てきて欲しかった。


指だけだったのが、段々と手になり、腕が出て、ついに頭のてっぺんが見えた。


呻き声は今やかなり大きく、声の主が女性であること、そして壁から出てきている人物のものであると、何故か知っていた。


私は女性にゆっくり近寄っていき、恍惚と笑みを浮かべながら、その手を引っ張った。皮膚が腐ってヌルヌルした。女性の手も、私の手を強く握り、私が引っ張るのに合わせて、少しずつ壁から姿を現していく。


いつの間にか上半身まで出ていて、そこで私はハッとする。




足音だ。



地下室の扉の向こうから、誰かの足音が聞こえてきた。


急がなきゃ!


私は更に強く女性を引っ張る。女性の爪が私の手に食い込み、血が流れ出す。痛くはなかった。


地下室の扉が開いた。


パニックになった私は、渾身の力を込めて手を引いた。

すると、すでに太ももまで出ていた身体が一気に壁から抜け、勢いで私は押し倒された。


階段を降りてくる、恐ろしい足音が近付いてくる。


早く立って、逃げよう!と、私の上に乗る女性に言おうとした。そこで初めて、女性の顔をまともに見た。



「ああ…………」


恐怖のような、歓喜のような、よく解らない感覚に教われて、嘆息した。


次の瞬間、私は全力で悲鳴を上げた。












「可奈!――――可奈!」

「………あれ?」

「大丈夫?」


目を開けると、母が心配そうな顔で私を見ていた。

どうやらうなされていたらしい。母は私の身体を抱き抱え、必死に私の名前を呼んでいたのだ。


「大丈夫。怖い夢見ただけ」

「すっごい叫んでたよ」


母の腕から抜け出し、前髪をグシャグシャと掻き乱す。心臓が今までにないほど早く鼓動していた。
喉がカラカラだった。


「本当に大丈夫?今日の引っ越し、やっぱりお母さんが荷物積もうか」

「いいよいいよ、腰痛いんでしょ?私がやるから」


そうだった。今日は私達にとり、記念すべき日である。
その日の午前2時に、あんな不気味な夢で叩き起こされるなんて。


「…………はあ」


悩んでも仕方ない。不安そうな母を無理やり布団に寝かしつけ、私は水を飲むために、台所に向かった。









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