エリス

伏織

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七章

7-5

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一目でそれが中村の日記だと気付いた。 今までの日記は普通の、キャンパスノートだったりメモ帳みたいなものだったが、そのノートはハードカバーで、わりと小綺麗なものだった。
 
 
拾い上げて「中村」を伺うと、読めと言うように顎で示した。 傲慢なその態度に腹は立ったが、今は我慢した。
 
 
適当にノートを開くと、ちょうど一番最後の日記のページだった。 棒状のブックマークが挟まっていたのだ。
 
 
 
 
 
 
『8月15日 晴れ
 
 
 今日は終戦記念日だというのに、今ではそんなことはほとんどの人間には関心が無いみたいだ。
 
 午前12時まで勉強をした。 父親が留守なので、昼から外を少し歩いてこようと思う。』
 
 
 
 
 
そこで日記は一度途切れた。 次のページに続きがあった。 落ち着いた筆跡だったのが、動揺したような、震えた文字になっていた。
 
 
 
 
 
 
 
『図書館にでも行こうと思ったが途中で近所のドラッグストアに寄った。そしたらクレアちゃんがいてびっくりした。無視されるどころか私の存在に気付いてなかった。
 
っていうか、クレアちゃんが万引きしてた。高そうな化粧品をポケットに入れた後、また隣の棚から別の化粧品を取ってまたポケットに入れた。見てるうちに何回も盗って、早足で店から出ていったから追いかけて声を掛けた。
 
彼女は動揺して、何故かわたしに謝りながらポケットに入れた商品を全部出して見せた。一緒に謝りに行こうと言ったら泣きながら嫌だと拒絶された。
 
そうこうしてるうちに店員が来て、「その商品はレジを通してません」と言って、クレアちゃんの腕を掴もうとした。わたしは咄嗟に「自分が盗んだのを、彼女が見付けたんです」と言った。「わたしに「一緒に謝りにいこう」って説得してたんです」と言うと、店員は胡散臭そうな目でわたしを見た。
 
庇おうとしてるのが丸わかりだったのが解って、わたしはクレアちゃんの手から化粧品を奪って、走って逃げた。当然追いかけられて捕まった。戻ってきた時にはもう店の前にクレアちゃんは居なかったので、ちゃんと逃げられたんだと思う。
 
 
 
父さんに沢山殴られた。また部屋に来たら殴られる。今はもう夜だけど少し外に出てなさいって母さんに言われたから行ってくる。あとで父さんが寝た後に母さんが車で迎えに来てくれる。母さんが殴られないといいけど。』
 
 
 
 
 
 
「ね?」
 
 
同意を求めるように言われたが、私は何と答えるべきか躊躇した。 クレアが何を恐れて「中村」をいじめたのかは理解できたが、なぜ中村が別人になったのかは解らない。
 
その答えは「中村」が勝手に語りだした。
 
 
「その日に、わたし、彩香ちゃんに会ったんだ。 身体中に痣があってさ、可哀想だった。 いっぱいおしゃべりしたよ。
 可哀想だったから、人生替わってあげたの。
 
 
 丁度わたしに似てたし、わたしは居場所がなかったからね」
 
 
いい考えでしょ?とニッコリする「中村」。 どこがいい考えなんだろうか。 そもそも他人に成り代わる時点でおかしい。 いかれてる。
 
 
 
 
 
 
 
「そしたらさ、彩香ちゃんが万引きしたって噂が広がっててさ、おかしいよね? 学校の裏サイトに書き込みがあったの! 絶対クレアちゃんだよね? クレアちゃんが書いたよね!?」
 
 
自分を守ろうと必死だったのだろう、と第三者の意見しか持てなかったが、彼女には許しがたい裏切りだったようで、狂気と怒りの入り交じった表情をしている。
 
 
「それでわたしをいじめるんだよ!? ふざけてるよね! 死んで当然だよ!!」
 
 
と、歯を剥き出して笑う。 気持ち悪くてたまらない。 関わりたくない。 だがもう遅い。
 
 
「菜月ちゃんは味方だと思ったのに、どうしてわたしを追い詰めようとするの? 家に忍び込んだりするの?
 ドアぶっ壊したせいでクソ親父にまーた殴られたんだぞ!? あいつも殺してやる!」
 
 
「中村」は握り潰してぐしゃぐしゃになったパンを、目の前の壁に投げつけた。 しばらく息切れしながら潰れて地面に落ちたパンを睨んでいたが、急に笑顔になった。
 
 
やばい。 そう思った私は携帯のボイスレコーダーを切り、ポケットから出して電話帳を開いた。
さすがに電話帳の内容まで覚えてないので、少し俯いて横目で画面を見たら、バレた。
 
 
「今さら助けを呼んでも遅いんだよ」
 
 
次の瞬間、「中村」が襲い掛かってきた。 小さな身体が私にぶつかってきて、携帯が手から飛んでいった。 獣のように唸りながら、全力で首を閉めてくる「中村」の顔を殴ろうと手を振り上げた。
 
 
焦ったせいで手元が狂い、しかし好都合なことに「中村」のポニーテールを掴んだ。 首を絞めていた手が緩み、苦しくなりはじめていた呼吸が急に楽になる。
 
 
ポニーテールを掴む私の手を振り払おうとするのを必死で防ぎながら、髪の毛全てを引っ張り抜く気概でそれを強く引いた。
 
 
ブチブチという嫌な感覚と共に、髪の束を奪い取った。 「中村」は悲鳴を上げて私の上から降り、その場にしゃがみこんだ。
 
 
その隙に電話帳から裕一の番号に電話をかけた。 手の中の黒い毛髪はパサついていて、手触りだけは老人のもののように感じた。
 
 
「もしもし!」
 
 
裕一が電話に出た瞬間、私は大声でそう言った。 目の前にしゃがみこんでいた「中村」が、ゆっくりと立ち上がったのだ。
 
 
『大丈夫か? 今から―――』
 
 
携帯を耳に当てて裕一の声を聞いていたが、何を言ってるのか聴いてなかった。
 
 
乱れた髪の毛からヘアゴムを外し、「中村」は私を上目遣いで睨みつけた。 目蓋の皮、頬の肉、口元の筋肉全てが、一気にたるんで最早中村とは違う人間だった。
 
髪の毛をきつく結ぶことで皮を引っ張って若く見せていたのだろうが、ここまで変わるとは思わなかった。
 
 
「お前のせいだ…………」
 
 
お前のせいで、全てがめちゃくちゃだ。
 
 
 
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