31 / 44
六章
6-6
しおりを挟むんな考えが脳裏を過り、まさかと思い、馬鹿らしくてフッと笑った。
「でも……………でも………」
間違いないのは、今ここに居る中村とは別の「中村」は、明らかに普通ではない。 これだけは確かだ。
何方が本物なのかは今すぐには断定出来ないが、あの「中村」はおかしい。
今私のポケットにある携帯の画像フォルダにも、その証拠がきちんと収まっているように、「中村」は人殺しである可能性か、もしくは殺人の現場に居た可能性がある。
これは放ってはおけないのだ。
だが、私はどうすればいいのだろう?
警察に行っても、何と話せば信じて貰えるのだろうか。 そもそも、不法侵入を指摘されれば、「中村」どころか私が罪に問われる。
助けて。
誰か助けて。
真っ先に浮かんだのは裕一だった。 もっと会って、この件を伝えておきたかった。 そうすれば、もっと楽に事が進んだかも知れない。 あくまで仮定だが。
付き合ってそれほど長くもないし、もしかしたら最近は放置しすぎて浮気されてそうな気もするが、裕一は、話せば私のことを守ろうとしただろう。 彼は私を、きちんと思ってくれているのは、たまに来るメールを読んでいたら感じる。
でも、これは私一人で抱えた方が良さそうだと思うのだ。 私が裕一に、殺人のことや「中村」の不審な点、今日の一部始終まで話してしまえば、それを「中村」もしくは真犯人が知ったらどうなる? 口封じに私や裕一も殺すのではないだろうか。 今まで何人も酷いやり方で殺してるんだから、それくらい簡単にやるだろう。
「きっと、あんたが本物の中村だよね。
ここまでそっくりな人間、滅多に居ないもんね」
当然語りかけても中村は答えない。 私は一人で結論に至り、目の前で眠る人物が本物だということにした。 恐らく間違ってはいない。
「何があったのさ」
ポン、と胸の辺りを軽く叩いた。
途端に、心臓の動きをモニターしている機械からけたたましいアラームの音が鳴り出した。
画面を見ると、みるみる脈が下がっている。
こっちの心臓も止まりそうだわ、と状況も解らず考えながら立ち上がり、周りを見回す。
誰も居ないし何もない。
段々と音量を増していくアラームの音にパニックになり、私は病室から飛び出した。
しかし出たからといってどうすることもなく、逃げ出すか人を呼ぶかで迷って結局呆然と立ち尽くした。
どうしようどうしようと繰り返す頭の中。 しかし身体が動かない。
アアなんて情けないのだろうと自分を恥じていると、右の方の廊下からバタバタと足音が聞こえた。
「―――――あなた、どうしてここに!?」
やって来たのは女性看護師が二名で、片方は眼鏡を掛けて真面目そうだったが、もう片方は明らかに元不良の、気の強そうな明るい茶髪だった。 その茶髪の看護師が私に声を掛けた。
「いきなり、鳴り出して、び、びっくり、して……」
動転していた私の声は小さく、震えていた。 「あの、あ、あの子、わ、わ、…………私の、知り合いなんです」それだけ聞くと、茶髪の看護師は納得したように頷き、そこに居ろと近くの椅子を指差した。 そして先に病室に入って行った眼鏡の看護師に続き、彼女も中に入った。
茶髪の看護師に従って椅子の所まで歩き、腰を下ろした。 しばらく誰も座らなかったのか、座った瞬間わずかにホコリが舞う。
看護師達が入ってすぐにアラームの音は止まり、静かになった。 眼鏡の看護師が出てきて何処かに走って行ったかと思えば、数分後に医者らしい白衣を着た女性を連れて戻って来て、また病室に消えた。
何を話しているのか、さすがに聞き取ることはできないが、看護師達の話す声が聞こえてくる。 ぼそぼそと、まるで死人が喋っているみたいだ。
「さよなら」
と耳元で声がした気がしたが、近くには誰も居ない。 完全に気のせいだ。 とうとう私はおかしくなったらしい。
「で、あなた誰?」
しばらくして出てきた女性医師が開口一番、無愛想に訊いてきた。 目覚ましのような凜とした声に視線を向けると、これまた美人な女性がそこに居た。
美人どころか、どう見ても外国人だった。 にしては、かなり自然な日本語だ。
「なんか、知り合いらしいですよ」
続いて出てきた茶髪の看護師が、髪の毛を引っ掻きながら言った。 眼鏡の看護師は、また何処かに走って行った。
「知り合いなの? ご家族?」
声の出し方が解らなくて、私は無言で首を横に降った。
「友達?」の問いかけに頷く。
女性医師は口を真一文字にして鼻から息を出した。 どうしようかな、って顔に見える。
「彼女の身体に何かした?」
いいえ、と首を振る。 触っただけだ。 首を絞めたりコードを抜いたりはしていない。
「………大丈夫?」
「…………」
「良かったら、彼女の名前と、自宅の電話番号を教えてくれないかな? さすがに親御さんの連絡先は知らないよね」
ツカツカと歩み寄りながら、穏やかに言ってくる。 残念ながら自宅の電話番号も親の連絡先も知らない。 中村自身の番号とメールアドレスしか知らない。
首を振った私に、女性医師は若干疑いの目を向けた。 そうだ、私には中村との関連性を証明するものが一つも無い。
「いや、今時友達の自宅の番号なんか知りませんでしょ。 お互いの携帯があるんだし」
「あ、そっか」
茶髪の看護師の言葉に納得した様子で私を眺め回す女性医師。
「一応、どうなったか聞く?」
是非とも知りたかったので、私は思わず立ち上がって力いっぱい頷いた。
怪訝な顔をしながらも女性医師は
「結論から言うと、死んだよ。
つーか、元々脳死だから死んでたんだけど、身体の機能が完全に停止した」
「はあ……」
「あの子、前にニュースでやってた飛び降りで自殺した子なのよ。 本当に知り合いなの?」
「…………あの」
どうしたらいいのか解らなかったが、ひたすらこの場から逃げたかった。 ようやく戻ってきた声で、女性医師と茶髪の看護師に向かって口を開く。
「今は、私にはどうすることも出来ないんですけど、近いうちに、絶対戻ってくるんで、あの、中村のこと、残しといて下さい」
「は?」
自分でも何を言ってるのかよく解らないが、考えるよりもずっと早く言葉を発してしまう。
「今度、あの子の親も連れてきますから、そのままここに置いといて下さい!」
「え? ――――――あ、ちょっと!」
二人が呼び止めるのを無視して、私はクルリと後ろを向いて全速力で走り出した。 誰も追いかけてくることはなかったが、私は病院から出て、駅に着くまで走り続けた。
.
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
宵宮君は図書室にいる ~ 明輪高校百物語
古森真朝
ホラー
とある地方都市にある公立高校。新入生の朝倉咲月は、迷い込んだ図書室で一年先輩の宵宮透哉と出会う。
二年生で通称眠り姫、ならぬ『眠り王子』だという彼は、のんびりした人柄を好かれてはいるものの、図書室の隅っこで寝てばかり。でもそんな宵宮の元には、先輩後輩問わず相談に来る人が多数。しかも中身は何故か、揃いも揃って咲月の苦手な怪談っぽいものばかりだった。
いつもマイペースな宵宮君は、どんな恐ろしげな相談でも、やっぱりのほほんと受け付けてはこう言う。『そんじゃ行ってみよっか。朝倉さん』『嫌ですってばぁ!!!』
万年居眠り常習犯と、そのお目付役。凸凹コンビによる学校の怪談調査録、はじまりはじまり。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる