24 / 44
五章
5-3
しおりを挟む二階の廊下には小さな窓があることもあってか、一階より若干明るかった。 一番突き当たりに一つと、廊下の窓の向かい側に3つ、妙によそよそしい距離感で扉がある。 私の居る場所から一番近い所の扉は開いており、中に布団が床に落ちた状態のダブルベッドがある。
三枚並んだうちの真ん中の扉を開けようとしたが、鍵が掛かっていた。
ダブルベッドの部屋は恐らく、ご両親の寝室だろう。 リビングと比べるとほとんど荒れてないが、ベッド近くの壁に、一つだけ穴が空いていた。
真ん中の扉はとりあえず置いといて、私は廊下の突き当たりに進んだ。
一番奥の扉は薄々感付いてはいたがトイレだった。 床にホコリが溜まっている。
トイレマットが頻繁に動くのか、その縁でかき集められた髪の毛やホコリがいっぱい付いていた。 便座の中だが、水垢で茶色く変色している。 掃除する余裕が無いのだろうか。
そして、その隣の扉。
恐らくここが、目的の部屋。
どれくらいの前の時期かは知らないが、扉にネームプレートが掛かっていたこともあるのか、目の高さの所に画ビョウの穴を発見した。 微笑ましいような寂しいような。
だが足元に視線を移すと、扉に大きな割れ目が入っていることが解る。
部屋に立て籠ったあの子を追い詰めるように、父親が扉を蹴る。 何度も蹴る。
それで扉の板に亀裂が入った。
……いやいや。
いつまでもそんな想像は要らない。
私は意を決して、扉のノブを掴んで、回した。
予想していた通り、部屋の中は綺麗に片付いていた。 物は片付いていた。 しかし他の部屋と同様、壁に穴があったり、家具に大きな傷が入っている。
小学生の頃から使っているような机、安っぽいパイプのベッド、唯一、本棚だけが無傷だった。 備え付けのクローゼットの扉にも蹴ったような穴が空いているのに、本棚は無傷。
不思議に思い、近付いてみて理由が解った。 本棚には難しそうな本がぎっしりと詰まっており、漫画やライトノベルの類いが無い。 医学に関する書物が一番多く、これが16歳の少女が読む本だとは到底考えられなかった。
成る程、だから本棚だけは無事なのか。
将来、娘を医者にしたいのだ。
そのための物だから、万が一本棚を蹴って中の本が落下したりしたら危ない。
「……死んじゃえ」
胸くそ悪い気持ちになって、ここには居ないあの子のご両親、とくに父親に向かって毒づいた。
クローゼットの扉を開けた。
地味な洋服が仕舞ってあるだけだったので、あまり触らずに扉を閉めた。
続いて向かったのは机である。 引き出しの中や机の下を、用心して見て回った。 動かしたものを、きちんともとの場所に戻すように。
探しているのは殺人の証拠だが、あまりそれらしい物が無い。 もっとも、慎重になりすぎたせいで見落としている可能性もあるが。
二回、三回と机の中を繰り返し見ていくが、怪しいものが何一つ無い。
何一つ無い。 それがおかしい。
普通なら、ハサミやらカッターやら、先の尖ったペンなど、人を傷つけられそうな身近な物があったりするのに、この机にはそういったものが無い。 針金の取れかけたリングノートですら無い。
だんだん悔しくなってきて、もう位置とか気にせず全部外にぶちまけようかとも思った。
しかしそこで我に返り、落ち着くために何度か深呼吸をする。
落ち着け、思考を巡らせろ。
私だったら………私だったら、何処に隠す?
自分の大事な秘密を、何処に隠す?
一連の事件に特定の凶器は使われていないし、何より、犯人がわざわざ殺人の証拠を手元に戻すのか?と感じる人も居るだろう。
昨日、図書館で読んだ本によれば、連続殺人犯は己れの犯した殺人の記念品を、コレクションするそうだ。 いわば自分が手に入れた勲章。
それに、思い返してみれば、最初に死んだ生徒の髪の毛はバッサリと切られていたし、どこかの公園のトイレで死んだ生徒も、爪が剥がされていた。
それに右田ハルカが死んだ時、通帳や現金が消えていたそうじゃないか。
「…………」
ベッドを見た。 白い敷き布団の上にださいカーテンみたいな花柄の羽毛布団が丁寧に掛けてある。
近付いて、羽毛布団を捲ってみる。 何もない。
小さい頃、そこにに包丁を持った男が居たという怪談を聞いたことがあり、未だにベッドの下を覗くのが少し怖い。
だが、結局は怪談。 現在進行形でここに起こっている話ではないのだ。
………よし。
小声で呟き、匍匐前進よろしく床に這いつくばった。 かなり勢いを付けたので、躊躇う暇も無い。
「………………あっ…………!」
思わず、あった!と叫びそうになり、変な顔で顔をしかめる。 一瞬だが、かなり大きな声が部屋にこだました。
ベッドの下、枕の丁度真下あたりに、白い箱があった。 小さな菓子折りを入れてそうな箱だ。
手を伸ばしてそれを掴み、ベッドの上に置いた。
これだ。 絶対にこれだ。
持った時の重量からして、結構重い物が入っている。
興奮で息が荒くなった。 口元がにやついた。 まるで探偵の気分だ。 お前の尻尾を掴んだぞ。
期待を胸に、箱の蓋を一気に開けた。
真っ黒い毛髪がぎっしりと敷き詰められていた。
普通の状況下でこれを見たなら、私は悲鳴を上げるか気絶していた。
「…………」
私の思考は鈍くなっていて、始めはそれが何か解らなかった。 しばらく無言で見つめ、髪の毛だと理解した。
背筋が冷たくなるが、怯えてはいない。 ポケットから携帯を取り出し、カメラでその光景を撮るくらいの余裕はあった。
そっと、髪の毛を撫でてみる。 よく手入れされているのか、カーテンから透けて入り込む光に艶々と光っている。 触り心地も良かった。
思いきって掴み上げる。 綺麗に束ねられ、軽く結んであった。 光に透かして見る光景が到底も幻想的で、しばらくそれを目の高さに掲げていた。
まるで、私が犯人になった気分だ。
妙な興奮が身体中を駆け抜け、恍惚となっていく。
「すごい……」
ずっと、髪の毛を見ていたかった。
だが自分ですごいと呟いたことで我に返った。 なんてことを。
相手は殺人犯だぞ。 そしてこれは、死んだクラスメイトの身体の一部だ。 そんなものを見て、私は………すごいだなんて。
自己嫌悪に苛まれ、髪の毛の束を持った手を下ろす。 再び箱の中を見た。
「…………」
今度は、身体の力が抜けそうだった。
そこに入っていたのは緑色の表紙の通帳と、「diary」と書かれたノートが三冊、ジッパーの袋に入った何か。
いや、解っている。 あの袋に何が入っているのかは。 それを受け入れてしまっては、いよいよ自分が壊れてしまいそうだ。
全部で十個あるであろう中身を、なるべく直視しないようにしながら袋を摘まんで出し、髪の毛と並べて脇に置いた。
通帳は間違えようもなく右田家の大黒柱のものであった。 金額を見たら、かなり溜め込んでいる。 今は関係ないけど。
その通帳も外に置いて、最後に残った物、三冊の日記を手に取る。
一番古いものはすぐに解った。 10年程昔に流行った子供向け番組のキャラクターが、表紙にプリントされたものだ。 表紙の端が変色して捲れている。
二冊目、三冊目は表紙を捲った裏に番号が書いてあったの。 二冊目はクローバーの絵が描かれたもの、三冊目は天使の絵が描かれたもので、このどちらも一冊目のノートとは違いハードカバーだった。
名前も書いてある。 「中村彩香」と。
全ての核心に辿り着いた気がして、私の心臓は一度、大きく跳ねた。
………
………………
………………………
『�D月�D日 はれ。
おかあさんに このノートを もらった。
にっきを かいて まいにちの きろくを
つくろうって。
めんどくさい けど がんばる。』
一冊目の一番最初のページには、そう書いてあった。 子供の下手くそな字で、一生懸命書いたのが伝わる。
おそらく小学生になったばかりの頃だろう。 始めのうちは小学校で漢字を習った、足し算を習ったなどの事柄が淡々と書かれている。
『�D月�D日 くもり
おとうさんが しごとからかえってきた。
わたしの かおをみたら すぐたたかれた。
わたしは なんにもしてなかったのに。
なんかいも かべにぶつけられて はなぢがでた。
そのあと おとうさんとおかあさんのベッドのしたに いれられた。
あしたの ひるまで でてくるなっていわれた。
よるになって まっくらになって ベッドの上で おとうさんとおかあさんが あばれてた。
こわかった』
胸くそ悪くなって、日記を閉じた。 二冊目を開いて流し読みしてみたが、一冊目と同様二冊日々の虐待の記録が淡々と綴られており、なんて悲惨な半生なのだと可哀想になった。
一冊目は小学校入学から三年生まで、二冊目は三年生から六年生までの日記だった。 三冊目は他のと比べて少し分厚く、中学校入学の一週間後あたりから書かれているようである。
二ページ目を見て、私の中で散乱していたパズルのピースが、少しずつ組合わさり始めた。
『�D月�D日 晴れ
入学して一週間、お父さんに教科書の内容を丸暗記しろと言われた。 まあ、どうせきちんと記憶したのかを全教科、逐一確認する暇もないだろうから、本気にはしてない。 でも国語の教科書だけは記憶しておいた。
理科の実験の時に、金髪の可愛い子と組んでやった。 竹山クレアさんという。
私みたいに暗くてつまらない奴の相手なのに、竹山さんは楽しそうに何度も話しかけてきてくれた。 私が上手に受け答え出来なくても、笑って聞いてくれた。
昼休みに、一緒にお弁当を食べようと誘ってくれた。 他の人達が、「中村さんは暗くてつまらないから、やめなよ」って言った。 「勉強ばっかしてるし、きもい」って。
竹山さんは、それに対して本気で怒った。 「きもいのはお前らだ!自分が出来損ないだからって僻むな!」と一喝。
これには驚いた。 私なんかを庇うなんて、ありえない。
竹山さんは、すごくいい子だ。 正直、先生への態度は生意気だし、文句があればハッキリ言うし、校則を守らないでスカートを短くしたり、品行の悪さは目立つけど。
でも、性格は良いのだ。 人としての魅力がある。 不思議なくらい、皆から好かれている。
私とは大違いだ。
どうやら、生まれて初めての友達が出来たみたいだ。』
中学一年の書く文章とは思えない程、漢字が多くて大人びていた。 字も綺麗だ。
そして何より、クレアとの関係性も解ってきた。 このページ以来、クレアの名前は毎日のように出てきた。 かなり親密な関係を築いていたようだが、読み進めると、それに少しずつ陰りが出始めていくのが解った。
中学校では共学だったので、日記にも時々男子の名前が出てきた。 一年生の終わりあたりから、一人の名前が頻繁に書かれるようになる。
『�D月�D日 雨
クレアちゃんが好きだっていう、大山くんが、私と同じ図書委員になった。 クレアちゃんは喜んで、大山くんに色々な質問をしてほしいと、私に言ってきた。 面倒だけど、嫌われたくないからやることにした。』
『�D月�D日 雨
大山くんにクレアちゃんから頼まれた質問をしすぎて、「お前俺のこと好きなの?」って聞かれた。 よく、そんなことをハッキリ質問できるな。
まあ、仕方ないか。 クレアちゃん以外にはあまり話し掛けたりとかしないから、そりゃあそう思うよな。
なんだか恥ずかしくなって、大山くんの顔が見れなかった』
大山くん、大山くん、大山くん………。
日を追うごとにその名前は増え、クレアの名前は減った。 中村の中で、大山くんがどんな存在になっていったのか、図らずとも解ってしまう。
.
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
『ゴーゴン(仮題)』
名前も知らない兵士
ホラー
高校卒業後にモデルを目指して上京した私は、芸能事務所が借り上げた1LDKのマンションに居住していた。すでに契約を結び若年で不自由ない住処があるのは恵まれていた。何とか生活が落ち着いて、一年が過ぎた頃だろうか……またアイツがやってきた……
その日、私は頭部にかすかな蠢き(うごめき)を覚えて目を覚ました。
「……やっぱり何か頭の方で動いてる」
モデル業を営む私ことカンダは、頭部に居住する二頭の蛇と生きている。
成長した蛇は私を蝕み、彼らが起きている時、私はどうしようもない衝動に駆られてしまう。
生活に限界を感じ始めた頃、私は同級生と再会する。
同級生の彼は、小学生の時、ソレを見てしまった人だった。
私は今の生活がおびやかされると思い、彼を蛇の餌食にすることに決める。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる