エリス

伏織

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一章

1-1

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誰が示しあわせた訳でもなく、ハッキリと通達された訳でもないが、私のクラス内で、中村をイジメの対象にするという事は、翌日には全員に知れ渡っていた。
 
 
始めの二週間は可愛いもんだった。
 
上履きを隠したり教科書を隠したり、廊下で後ろから強く突き飛ばす――――その程度だ。 小学生でも思い付く程度。
 
 
主犯格は、先記した金髪少女。
彼女の名前は竹山クレア。 ロシア人と日本人のハーフで、息をのむ程の美人。 だが日本生まれ日本育ちなので、外国語は全くだ。
 
クレアは驚く程冷淡に、そして残酷に中村を痛め付けていった。
 
私も、それに加担した。 それは私がクレアが怖かったからだ。





逆らえば自分もイジメに遭うという強迫観念が、他に選択肢を与えてくれなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
………………………
………………
………
 
 
 
 
20××年 9月13日 火曜日 放課後
 
 
 
 
高校一年生の中村彩香は、1日の授業を終えると、直ぐに図書館へと向かう。 それは彼女の日課であり、義務であった。


彼女の父は厳格な教育方針を持っており、宿題は先ず家には持ち込ませない。 学校でそれを済ませ、帰宅して父に見せる。

もし答えや文章に間違いがあれば、一ページ丸々書き直させられる。 もしそれに反抗したら、鉄拳制裁が待っている。
 
 
父親とは裏腹に、中村自身は穏やかな性格であった。

争いは嫌い、喧嘩を避ける。 喧嘩になりそうになったら、自分から譲歩して相手におもねる。 そんな性格をしていた。
 
 
 
中村は図書館の窓際の席に座り、別の椅子にカバンを乗せた。 いつもなら、すぐに勉強道具を取り出して宿題と自習に取り組むのだが、ここ最近は少し違った。


机に両肘をつき、窓の外に見える校庭を眺める。 ユニフォームに着替えた陸上部の部員達が、準備運動にトラックをジョギングしていた。 その中に男子の姿は無い。 女子校だからだ。

因みに近郊には男子校があり、しばしば合同で学校行事をしている。 女子校の生徒には、よくその男子校の生徒と交際する人も居るが、中村には無縁な話だ。
 
 
健康的にトラックを走る姿を眺めながら、中村は深い溜め息を吐いた。 表情は暗い。
 
 
 
 
一週間前、クラス内でとある噂が囁かれた。

夏休み中、中村が万引きで捕まったという噂である。
 
中村は万引きをしていない。 だがしかし、その話には少しばかり覚えがあるのだ。




必要以上に口を割れば、それこそ皆の思うつぼだ。 否定すれば嘘吐きのレッテルを貼られて嫌がらせがエスカレートするし、下手に肯定的な事を言えば益々ひどくなる。 つまり、どう反応しても同じなのだ。
 

ひどく八方塞がりで、孤立無援だった。
 
父や母に相談しても、きっと「勉強から逃げるための嘘だ」と(特に父が)言って、無理やりにでも登校させるだろうし(母は、父の言いなりだ)、教師は――――教師が一番信用ならない。 生徒にとって一番扱いやすい大人のひとつであり、彼らは大事な時にその場に居ない。

口では君の味方だとほざくが、実際はご機嫌取りで言ってるだけだ。 誰の、とははっきり云わないが、それは一概に世間へのと表現しても過言ではない。
 
 
 
今のうちは、せいぜい物が無くなったり、突き飛ばされたりする程度なので、あまり気に病む程ではない。 胸がチクリと痛むけど。
 
 

恐らく、これからも続く。
もしかすると、先にはもっと酷いことが自分を待っているかも知れない。
何時までも、それこそ自分が自殺するまで続けるのかも。
 
 
 
 
 
 
いじめは簡単には無くならない。
 
反発すれば、いじめられる。


その強迫観念が全員の心の奥を蝕んでいる。
 

だから、本当は嫌なのに、皆に合わせていじめに加担する。 自分に矛先が向けられる事を恐れ、マジョリティに加わるのだ。
 
 
狙われたくないのなら、狙う側に回れば良い。 それだけだ。
 
 
そりゃあ、いじめる側にも罪悪感は生まれるのだろうが、大抵は直ぐに忘れてしまう。

結局イジメの対象は他人で、他人の痛みなんぞ知れたものではないのだ。
 
 
 
 
 
 




「あー、なんで居るのぉ?」
 
 
突然、背後から可愛らしさを装った声を掛けられ、思わずビクッとした。
 
可愛らしいけど、純粋な悪意がある声。 背筋を凍らせる声。 嫌な予感を与える声。
 
 
中村は振り返らなかったが、声の主は解っていた。
そして、声の主が背後から自分に近付いてくることも。
 
 
「中村さぁん、勉強ですかぁ? 真面目ですねぇ」
 
 
バンッ、と白い手が机に叩き付けられるように置かれた。 右から首を傾げてニヤニヤする竹山クレアが、意地悪く中村のポニーテールを左手で弄ぶ。

頭を振ってそれを止めさせると、一変してクレアの表情が無くなった。
 
 
「何だよ、文句あんのか?」
 
 
クスクス笑いがこだまする。
見れば、他のクラスメイト達も十人ばかり、その場で二人を囲むように輪を作って立っている。 僅かだが、浮かない顔でひきつった笑みをしているのも居る。
 
 
「泥棒。 万引きする程金が無いくせに、なに学校通ってんだよ。 仕事して金稼げよ」
 
「金貯めて整形しなよ。 そのキモい顔見る側の気持ちになれよブス」
 
 
明記しておくが、中村の顔は凡そ不細工というものには分類されない。 中の上あたりかと思われる。

だが、クレアと比べるとはるかに劣るものであるし、クラスメイトからしたら、彼女の顔がブスかどうかはどうでもいい。 ただ貶めたいだけなのだ。
 
 
「ち、違う…………」
 
「ああ?」
 
「違うっ」
 
 
中村は、中村なりに勇気を出してそう言い返した。 だが何の効果も無い事は、絶望よりも早くに理解出来ていた。
 
 
「何が違うんだよ」
 
 
細い指が乱暴に顎を掴む。 充分に整えた爪が顔に食い込み、頬越しに顎の関節を強く押した。 痛い。
 
 
「言ってみろよコラ」
 
 
先ほどから全く変わらない、可愛らしい声のまま、クレアは中村の顎を掴んで揺さぶる。


その顔はひどく無感情で冷酷で恐ろしく、見てる側には何故かしらの芸術的なものを感じさせた。
 
 
 
. 
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