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伏織

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(飛鳥タソドS全開につき閲覧注意)





「てめーだと思ってたよ」


小柄で、細身の人物。普段の長袖に長いスカートという出で立ちに見慣れていために、今の黒ずくめの格好には少し違和感があった。

長い黒髪、白い肌、間違えようもなく花子さんだった。


思えば先ほどの幽霊となんとなく似ている、思えばあの幽霊はいつも晴俊さんの後ろに居た、母親の幽霊である。つまり、花子さんの母親でもあるわけで。


俺の中で、やっと謎が解け出した。


「あら、飛鳥さん。こんにちは」


いつもの暗い表情はどこへやら、彼女は白く整った顔に艶っぽい笑顔を浮かべていた。いつもこうして笑っていれば、少しはましなのに。

そんな笑顔を正面から受け、飛鳥は不愉快そうに眉間にシワを寄せる。


「犯人はお前だろ。もうわかってんだよ」

「なんの話かしら?」


別人のようだった。だんだんと気味の悪さが顕著になっていく。顔がどろどろに溶けているように見えた。例えではなく、本当に。

油粘土で出来た人形の顔を叩き付けたような崩れ方だ。下目蓋が下がり、目が大きくなったように見える。昔の人が描いた「おいわさん」の絵みたいだ。


「馬鹿かお前は!しっかりしろ!」


飛鳥にそう怒鳴り付けられハッとした。花子さんの顔はなんともなかった。


「何か取り憑いてるよ、この人……」

「知ってる。
しょっちゅう結界からハブられちまったここに来てたんだろうな、ここらへんの悪いもんが集合体になってる」

「気づかなかった……」


というより、そこまで彼女を見てなかった。あまり屋敷にも現れないし、遭遇してもすぐどこかに行く。まるで逃げているように。


「そりゃそうさ、コージロー。お前に気付かれやしないかと、びくびくしてたんだよ」


そう言いながら刀を肩に乗せ、下世話な笑みを浮かべる。


「さて、そろそろ全て明かしていってもよろしいかな?それとも貴様が自分で言うか?」


花子さんは一度無表情になり、俺に顔を向けると、目が合った瞬間またニヤニヤと笑った。


「へへっ、えへへへ、あへへへへっ…………もういいやぁ………ぜぇ~んぶ、終わったんだぁ……」


泣いてるような笑顔、とはまさに。しゃくりあげてるのか泣いてるのかよく解らない、甲高い声が、耳にキンキン響く。




「これは………」


この状況を一番理解すべき颯斗さんが、悔しいかな、全く理解し難いものであった。彼は首を傾げながらまず花子さんを、そして飛鳥の刀を、そして自分を指差した。
最後に「なにこれ」と、俺に向かって呟く。

説明しあぐねている俺に、飛鳥が「私の鞄のポケット」と声を掛ける。それに従って彼女の鞄を探ると、内ポケットに変な眼鏡が入ってた。


「なんで“丸尾くんメガネ”入ってんだよ!」

「ちげーよそれ!“ホロスコープ”って名前だろうが!」

「いや、その名前は本来別の物の名前ですから」

「じゃあ“丸尾くんメガネ”でいいから。さっさとそれ掛けさせろカス」


彼女の物言いが乱暴なのはいつものことなので、とりあえずそれはスルーして、颯斗さんに“丸尾くんメガネ”を渡し、掛けさせた。

あどけない表情でメガネを掛け、キョロキョロと周りを見回す彼が、一番最初に気付いたのは


「なんか白い女の人が浮かんでる!」

『あら、どうよ?私、美しい?』

「あー!はい、美しいです!」


美しい、という感想に、嬉しそうに頬に手を添える西王母だった。彼はもの珍しそうに彼女を見回し、満面の笑顔でこちらに向いた。


「すっっごい!すっっごいね!」

「はあ……」


何が「すっっごい!」のか解らないのは、俺が慣れているからだろうか。次いで彼は侍に気付き、「僕にそっくり!」と指を差す。人(幽霊)に指を差すのは失礼です。


「こんにちは!」


颯斗さんに爽やかに挨拶されて、森蘭丸はピクリと眉を動かした。


「これ、なんですか!?霊ですか!?」

「そうですよ」

「うわぁー!かっこいい!」


初めて米兵を見た日本の子供か。3日もすればうんざりするのに、こんなもの。と、どうやら考えていることが顔に出ていたのか、俺を見た颯斗さんが申し訳なさそうにシュンとした。


「ごめんなさい……。君たちにはいつも見えてるんですもんね。こんな反応は、不謹慎ですね」

「いや、とんでもない。全然平気ですから」









刀を鞘に収めると、飛鳥は腕を組んだ。


「颯斗さんの症状を見て、最初に考えたのはMCSだった。化学物質過敏症ってやつ。だが違った」
「その名前からして、アレルギーみたいなのか?」

「おう、そうだ。
 人間の体はそれぞれ化学物質を受け入れられるキャパシティがある程度あってな、個人差がある。 MCSは、平たく言えばそのキャパシティが異様に狭いわけだ」


なるほど。こいつ、意外に物知りだな。


「だが、彼が入院したとたんに回復した。担当医の意見も聞いたが、これは明らかにMCSではないと解った。仮にMCSなら、病院の環境は実に危険だからな。

 で、━━━━家の人間が毒を盛っている可能性が濃くなった」


飛鳥が話す間、花子さんはずっとニヤニヤしていた。口元は歯を剥き出しにして笑っているのに、双眸は暗く、虚ろだった。

毒の可能性は俺も疑っていたが、無知なのでどの毒か、どうやって盛るのかは解らない。だが一つ、思い当たったのが、昨日森家の屋敷で見た光景だ。


飛鳥がヅラだと見抜いた年配のメイドが、台所で触っていた、あの怪しげな壺に入った粉末である。
だが飛鳥に否定される。


「あれは、ただの砂糖だよ。あのババアはこいつを守るために、わざと見せたんだ。自分が犯人だと見せるためにな」


と、花子さんを顎でクイと示す。
「そんなことないわ」彼女は不気味な笑みのまま、作り物のような声で言った。


「あの人が犯人ですよ。私は脅されて手伝わされていたんです。その男の子を襲ったのも私です。やりたくなかったのに、無理やりやらされましたよ」

「…………」


飛鳥は素早い動きで花子さんの前まで行くと、顔面を豪快に蹴り上げた。それだけでも俺達は十分驚いたのだが、花子さんはその蹴りを受けて笑い声を上げだした。

鼻血を流しながら、楽しそうに腹を抱えている。なにこの地獄絵図。


「エチレングリコール中毒だと思う。確証はないが、それか、もしくはそれに似たもの。毒を盛っていたのは確かだ」


花子さんの頭を左足で分家の墓石に押し付けながら、飛鳥が言う。墓石にこびりついた苔が剥がれ、花子さんの黒髪に絡み付く。


「あははははは!あはははははあははは!」

「うるせぇんだよお前は。苔でも食ってろ。

 エチレングリコール中毒ってのは、MCSに似た症状が起こるんだ」


従妹へのあまりの扱いに、狼狽した様子の颯斗さん。自分を守る様に前に立っている森蘭丸に「あれ、大丈夫なんですかね?」と聞いてみるが、シカトされて少しへこんでる。
颯斗さんは気付いてないようだが、森蘭丸も口をあんぐり開けてびっくりしてるんだよね。


「エチレングリコールは甘味のある無色の液体だ。よほど味が薄くないかぎり、料理に混ぜてもバレることは少なかろう。

それは体内で分解されるとグリコールアルデヒド、そしてグリコール酸に変化する。

グリコール酸は代謝の段階でシュウ酸になる。それに毒性があるんだ」

「先生、シュウ酸ってなんですか」

「漂白剤などにに入ってる成分だ」



。 
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