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漆
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………………
………………………
朝日が部屋を鈍く照らし出した頃、やっとあの気配が消えた。
時刻は午前六時36分。窓を見ると、もうあの人影はなかった。
全然寝れなかった、というわけではない。多分。
一時間か30分かは寝れてるはずだ。なんだか、記憶が曖昧である。
こんな時間に寝たら学校に遅刻する。幸い今日は金曜日で、明日は休みである。今日頑張って、帰ったら沢山寝ればいい。
気配が消えて安心したのか、うとうとしだした子猫らに優しく布団を被せてやり、ゆっくりとベッドから出た。
制服に着替えてから一階の居間に降りると、
「なぁぁっ!?」
ソファーの上に布団の塊があった。
塊は俺の声に反応して、もぞもぞと動いた。そしてスポンッと顔を出したのは、やっぱりとし子だった。
「コーちゃん」
普段見ないような、真剣な表情に圧され生唾を飲み込んだ。昔から彼女がこの顔をするときは、何かが起こる前触れである。
俺が初めて朝特有の第3の足を覚醒させた時も、前日の夜にこの表情で無言でティッシュの箱を押し付けてきた。だから、彼女の予感は大体当たる。
「お前寝てないの?」
「コーちゃんもでしょ」
ボサボサの髪を適当に手で整えながら、とし子は布団を丸めて脇に置いた。
「コーちゃん、何に巻き込まれてるの?」不安そうな声だった。
「コーちゃん、今日は特に気をつけて過ごしてね。危ない目に合いそうになったら、ちゃんと身を守るんだよ」
なんと、不吉なことをおっしゃる。なんだ、今日俺は死ぬのか。大怪我すんのか。
どうしてと問うと、とし子はだるそうに頭を掻いて
「…………刃物と手紙に気をつけて。危ないと思ったら、とりあえず何か投げつけて。石とか近くにいっぱい転がってるだろうし」
「………は、ハイ」
「あと、あのとんでもない奴………、いい奴だけど、関わらないほうがいいよ。
怒りすぎて鬼になりかけてた。
あれは、普通の霊とは比べ物にならない」
アンタの後ろに居るオッサンも十分「とんでもない奴」だと思うけど、とはさすがに言えなかった。
いい奴、なのは多分本当だ。もしあのレベルで悪いものだったなら、とし子のスタンド(オッサン)が問答無用で排除しようとしただろう。
と、暢気にそんなことを考えつつ、安心しかけた俺だった。だが次にとし子が言った言葉のせいで、不安がぶり返す。
「今から大急ぎで朝ごはん作るから、それ持って飛鳥ちゃんの所に行ってあげて。大変だから」
えっ、大変て……?
………
………………
…………………………
若干の不安は拭えないものの、俺は「多分大丈夫だろ」と気を抜いていた。飛鳥は少なくともそこらへんのあやかしには負けないし、西王母も居る。
とし子の弁当を持って、いつもより早い時間に家を出た。そして10分ほどの距離を歩いて飛鳥の家に着くと、
「うぇ、気持ち悪い」
ちょうど、家の門から入ったあたりで体調に変化があった。全身が粟だち、口の中が乾く。そして手が震える。
『大丈夫ざます。もうここにはおっせん』
「あー、ゲロ吐きそう」
『わっちが受け止めるでありんす!』
「お前はゲロではなくこの蹴りを受け止めろ」
世迷い言を抜かすシロを軽く蹴飛ばし、鞄から合鍵を取り出して玄関の鍵を開けた。なんかアレだね、合鍵とか、半同棲のカップルみたいだね。ちょっとテンション上がるね。
「飛鳥ー!」
家の中に声をかけつつ、靴を脱いで勝手に入っていく。これくらいなら許される。……………多分。
一階には居ないようなので、二回に上がる。階段を登りだしてから、一瞬遠退いていた気持ち悪さが再びぶり返す。一段、また一段と上がる度に強まる吐き気。
「おあああああー!」
足元に視線を下ろして、階段から転がり落ちそうになった。足跡がある。赤い足跡がある!なんだこれは!
なるべく下を見ないよう心がけつつ、やっとの思いで飛鳥の寝室の前までやって来た。ドア自体はなんともないのだが、何故か、触りたくなかった。
顔をしかめながらドアノブを掴んだ。
「ぶぁぁっ!?」
その瞬間、ドアが勢いよく開いて、びっくりして思わず変な声が出た。
ドアの隙間からニュッと現れた白い腕が、素早く俺の制服の襟を掴む。そして気づいたら、俺は廊下に仰向けに倒れていた。
「きさまー!」
髪はボサボサ、寝間着の浴衣ははだけてポロリしかけ(貧乳だけど)、両手両足は何かで赤く染まっている飛鳥さん。どうやら元気なようです。俺の腹の上に股がってます。エロい。エロいぞ!自制してくれ、我が第三の足よ!
「お前なぁ!いきなり人を投げ飛ばすとはどーゆー了見ですか!胸元隠しなさい!はしたないでしょうが!」
と、怒鳴りながら、上体を起こしてちょうど右手に掴んだシロを飛鳥に押し付ける。お前なに嬉しそうな顔してんだクソ兎。代われや!
「う、う、うわあああああああああああ!!!!!!!」
「えっ!?ええっ!?」
わけがわからないよ。
珍しくも飛鳥さん、取り乱した様子で━━━━━泣いてます。何故泣く!?っていうか泣けたんだコイツ!!
「どうしたの」
「あのねーあのねー、クソババアがねー、一緒じゃなくてねー、下でねー、おば、おばおば、オババにねー」
「うん」
「蛍光灯パーン!電球パーン!痛い!踏んだの!」
うん、さっぱり解らない。
クソババアとかオババとか解らん。とりあえず蛍光灯と電球が割れたのは解った。
「見てー!」
「ぐほぉッ」
飛鳥は泣きながら、器用に両足を持ち上げて足の裏を見せる。小さな切り傷がいくつもあった。
どうやら、彼女の手足が赤いのはその傷から出た血液のせいらしい。すでに出血は止まっているが、結構な量だったみたいだ。
彼女は俺の腹の上に乗ってるわけだが、足を持ち上げた瞬間に、尻がいい感じに腹を刺激してきた。口から色々と出そうになった。下の方もちょっとヤバかった。
「痛いのー!」
「わかったから!手当てするからとりあえず退いてください!」
「うええええん!」
「俺のお願い聞いてましたか!?退いてって言ったのよ!?」
何故抱きつくのだ……。ありがとうございます。
『おはよう、木偶の坊』
「これ、一体なんなの」
いつのまにか部屋から出てきて、面白そうにこちらを眺めていた西王母。
『昨日ね、どうやらお客様が来てたみたいなのよ。それで襲われた』
「襲われた!?」
『そう。居間の蛍光灯と廊下の電球をいわゆるポルターガイストってやつで割られて、真っ暗になったの。
それで、真っ暗なのが怖い飛鳥ちゃんはパニックになりましたとさ』
「この足は………」
『自分で蛍光灯や電球の破片を踏んだだけ。それ以外に怪我はないわよ』
「なんでこんなに泣いてんの」
『30分くらい前に色々思い出したらしくて、“真っ暗こわいよ”って泣き出した』
どんだけ暗闇苦手なんだよ。ちょっと可愛いじゃねぇか。
飛鳥が泣き止むまで待ってから、風呂場まで連れて行って両手足を洗った。さっきは気付かなかったが、廊下や階段に小さな破片が散らばっていた。俺が踏まなかったのは奇跡だろう。
確かに階段の電球も居間の蛍光灯も割れていて、床には飛鳥の血でできた足跡がべっとりと残っている。掃除しなきゃ。
「━━━━と、まあ無能なクソババアは寝室で寛いでやがったんだ」
『おいクソババアっつったな?お?コラ?』
洗面台に寄りかかって立つ飛鳥の足元に座って、傷の手当てをしながら一部始終を聞かされた。話から察するに、その女の霊は晴俊さんや花子さんの母親だろう。
「まあお前の寝室にそういう結界が張られてんだろ?仕方ないじゃん。クソババアは悪くないよ」
『おい貴様。フォローしながらも貶すな。殺すぞ。鼻の穴に有刺鉄線突っ込んで脳ミソかき回すぞコラ』
「怖いよクソババア」
『飛鳥お前いつか殺して食ってやるからな。ピリ辛風味に味付けして食ってやるからな』
修羅の形相の西王母を適当に流しつつ、飛鳥の白い足に包帯を巻いていく。足の指長いな。
「歩くの痛いか?」
「痛いけど、我慢できる」
「暗闇よりマシ?」
「当たり前だボケ」
「…………」
無意識に視線が足の指から足首へと移る。細いなぁ、と思いつつゆっくりと視線を上へ上へと「殺すぞ」浴衣の裾から何かピンク色のものが見えましたが、直ぐに殴られました。本当にありがとうございます。
間違いなくあれは両脇がヒモで結んであるやつです。本当に本当に、ありがとうございます。思い残すことはありません。
。
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