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伏織

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墓石は幅が軽く二メートル近くはあって、高さは同じく二メートル程か。名前が彫られた細長い石の下、納骨されている部分はどっしりと、実に立派だ。


外枠と墓石との一メートル程の間には俺と同じくらいの背丈はある石灯籠があり、その隙間をなんとか潜り抜けた。

俺がごそごそする度にお侍様はピクリピクリと眉を動かす。そのうち斬りかかってきそうな雰囲気は最初からだが、いよいよ本気で危ないのではなかろうか。


「よし、抜けた!」


ヒヤヒヤしつつも、やっと墓石の正面まで来れた。そうしてお目当ての墓石の名前を…………ってオイ。


「あのさ…………、飛鳥」

「なんだよ。名前は?」

「いや、あのねぇ………。墓石の、名前の所ちょうど真ん前にね、スーツ姿のオッサンが座ってます」

「なんだそれは。ここで幽霊限定おホモだち探しのイベントでもしてるってことか?侍が目印か?――――そうか、だからコイツは動かないんだな」

「なんかそれ違うと思う!つーか、なんで妙に納得してんの?
 とにかく、そのオッサンが邪魔で名前が見えません」


黒い、葬式で着るようなスーツを着たオッサン――――恐らく30代後半から40代――――が、墓石の上に体操座りしている。

前髪が長く、この暗さでは目元は見えない。頬は痩せこけ、口元は何やらボソボソと呟いている様子。空を見上げているので「明日天気になりますように」とかだと思う。そうでありますように。


『どれどれ………』


西王母が飛鳥の元を離れ、先ほどの俺と同じように石灯籠の隙間をすり抜けて、こちらにやって来た。アッサリとこっちに来やがった。最初からお前がやれば良かったんじゃね。俺が苦労する必要無かったんじゃね。


『あら、本当だわ。なによこのオッサン』

「王母、ちなみにあの侍は何だと思う?」

『イケメン』


そうですか。


『それに多分、このオッサンの縁者よ。でも墓にはオッサンの骨はあるけどイケメンの骨は無いみたい』

「そういう必要な情報だけ言ってくれればいいから」

『どういう意味よ』


俺が西王母とそんな会話をしている間に、飛鳥もヒョイヒョイと隙間を潜り、こちらに来た。なんだよ、お前ら最初から自分で来いよ、馬鹿。お前らに比べて俺だけこっち側に回るのに時間掛かってんじゃん。


「おー、本当だオッサンだ」

「だろ?」

「おい、オッサン。ちょっと墓石の名前だけ見せてくんねえか」


なんでコイツは、簡単にそうやって話し掛けられるんかねぇ。もっと礼儀とかさぁ…………まあいいや。


『…………』

「って、素直に退いてくれんのね」


侍と違い、このオッサンは反応してくれた。墓石に右手をついて、スッと横にずれてくれた。


「やっぱりな」


飛鳥は何故か嬉しそうに腕を組み、「思った通り」と俺に体当たりしてくる。バランスを崩した俺はそのまま倒れ、地面にへたりこんだ。


「森家の墓か………」

「ああ、この侍はかの有名な森蘭丸だぞ。サインでも貰おうか」


案の定、墓石にはしっかりと「森家之墓」とあった。颯斗さんの家の墓である。


「蘭丸の墓は京都にあるからな。ここに骨が無いのはそのためか」


自信満々な飛鳥だが、この侍が本当に蘭丸だという証拠は無い。


「聞けばいいじゃん。『あなた森蘭丸ですか』て。ほら、コージロー、あそこまで登って聞いてこいよ」

「お前がやれよ」



森家の墓石の上に居るからって、この侍が森蘭丸だと決めるのもどうかと思う。


「だからぁ、本能寺どんな感じで燃えました?とか聞いて」

「それ、本物なら一番聞かれたくないんじゃないの」

「怒ってお前に斬りかかってきたら本物だろ?」

「おいやめろ」


本当、俺を粗末に扱いすぎですよ。

と、俺達が言い合ってる間ずっと黙っていたシロが、俺の腕から抜け出した。 ぬいぐるみのような二足歩行で墓に近付き、ジャンプして墓石の端に掴まり、よじ登った。そういえばコイツ、ウサギだった。


オッサンの横までその調子で登るシロ。俺達は何がしたのか解らず、とりあえず無言で見守った。


『に、“人間五十年、下天のうちをくらぶれば―――”』


シロは、侍を見上げながら必死にそんな言葉を吐いた。頭の悪い俺には、なんとなく昔っぽい言葉としか解らないが、飛鳥は最初の“人間五十年”のところで「おお」と、感心したような声を上げた。


『“夢幻の如くなり”』

『………………』


シロが言い終わると同時、侍は右手を刀の柄に持っていった。動いた!という驚きも然り、だがこれは、斬られるのではと少し怖くなった。


だがそんなことはなく、侍はツイと身を翻すと、墓石から一直線に地面に降り立つと、早足で墓地の横にある雑木林の方向に消えて行った。


『主さん!あれ多分本物でありんすよ!誉めて!誉めて!』


嬉しそうに俺に駆け寄ってくるシロを無視し、俺は飛鳥に説明を求めた。


「どういうこと」

「あれは信長の辞世の句だと言われている言葉だ」

「あー」

『ぬーしーさーんー』


ふくらはぎに頭をグリグリ押し付けるシロ。更に無視していたら体を登ってきた。


『Google先生に習ったでありんすよ』

「いつだよ」

『ミイラの時、幽体離脱~てしたあとに、ネカフェで』

「うん。さらにどうやったのかとか色々と釈然としない点には目をつむろう。さすがだ」

『ふひひー』


さすがは妖怪、理屈で説明するのが難しい奴だ。
「ほーらな!」得意気に腕を組む飛鳥。


「言った通りだ!あれは蘭丸!サイン貰いに行こうぜ!」

「あの雑木林にか。こえーよ」



。 
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