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貮
2-9
しおりを挟む聞いてたらこっちまでオカマ口調になりそうで仕方ない。
『慣れてくんなっし!』
「やだ!」
白兎が抱きついた制服に、抜けた毛がふわふわとまとわりつく。 うざったくて白兎を引き離し、学ランを叩いてそれを落とそうとした。
『あ、申し訳ない!』
ハッとした様子の白兎に、また過激な謝罪をされるのかと身構えてしまう俺。 こいつの気持ちが重い。 お前はメンヘラの彼女か。
何をしだすかと思えば、身体を丸めて『ううぅうぅぅぅう~………っ』と唸り、力んでブルブルと震えだした。
「なんだよ、サイヤ人になるんですか? フルパワー全開筋肉増量っすか?」
『うぅぅ~……っ、はぁっ!!』
ボワッ!と何かが膨らむような音と共に、白兎の疎ら(まばら)な毛並みが一気に揃った。 一瞬で全身の毛が生えたのだ。 それどうやったんだよ。 最近頭皮が寂しい俺の父親にもやってあげてよ。
『さて、これで以前のわっちの、お上品で美しい毛並みが戻ったわけでありんすが』
「………ありんすってのやめてよ」
『イヤこれは身に付いたものでありんす。矯正は困難かと』
実に特徴的な口調である。 耳慣れないからか外国語のような、不思議な感じがする。
『一時期、わっちは江戸吉原の花魁に所有されておりんした……』吉原といえば色町、今で言うところのソープ街である。 身を売られ、覚えのない借金を吹っ掛けられた女郎達が仕方なく己の身体を売っていたのだ。
『ホンに凄まじい所ざました……。持ち主の花魁の部屋に置かれ、襖一枚挟んだ隣室でエロエロ三昧。なんで襖があるんだ!邪魔だ見せろと言いたかった!しかし身体が動かない!』
「そ、それはもどかしいな……」
『で、せめて声だけでもと聴覚を研ぎ澄ましておりんした。 故のこの口調ざます』
そこまで耳をそばだてる努力があるなら、身体を動かす努力もしてみれば良かったのにね。
『さて、こうして身体を動かせるようになりましたのも、貴方様のおかげでありんす。 是非お名前を教えてくんなんし』
「…………田中です」
『何よその間は!わっちに本名を教えたくないっての!?結局あなたはわっちを好きなだけ弄んだ挙げ句、ボロ雑巾のように捨てるのね!』
「うるせぇ!意味わかんねぇよ!」
悲劇的な口調で言いながら、しがみついてくる白兎の耳を掴んで投げ飛ばす。 動物虐待だって? こいつ普通の動物?
『ああん!』
「気色悪い声を出すな!」
投げ飛ばしても尚俺に駆け寄ってくる白兎から逃げながら、俺が蔵の中を行ったり来たりするのを西王母らは無言で眺めていた。 助けろよ。
『お願いでありんす!わっちは主さんに恩返しがしたいんでありんす!』
「結構です!好きに生きろ!」
とか何とか、ギャーギャー騒ぎつつ狭い空間でおいかけっこをしていると、急に蔵の入り口の扉が開いた。 その音に反応して、何故か一同口をつぐんで振り返った。
「何を騒いでいるんだ貴様ら」
なんと飛鳥だ。 もしこれを晴敏さんに見られれば、直ぐ様追い出されてしまうだろう。 さらに最悪な事態ならば、警察を呼ばれるだろう。
「おや?その兎はなんだ。二足歩行なんかして、気っ色悪いなぁ。どこの絵本から抜け出して来たんだよ。帰れよ」
ひでぇ。
「ここの中にあった箱を開けたら、これがいた」
「へぇーそうなんすか、すごいっすねー!
―――マジ興味無いっすわ!」
見事な作り笑顔で、元気に言われた。 「ところでこいつを見付けた以外に、なんも成果はなかっただろう?」無いと解ってて何故やらせたんだよ。
「一応ね。君は運がいいから、こういう馬鹿みたいなものを見付けて変な仲間を増やしそうな気がしてたんだ」
ひでぇ。
『な、仲間!?いいんすか?わっち、主さん達とご一緒していいんすか?』
「いや帰れ。―――――元々どこに居たのか知らんが、とにかく帰れ」
『わっち役に立ちんすよ! ぬいぐるみの真似も出来るし一般人から身を隠せるし結界も張れるざます!』
飛鳥の方を見るのが怖くて、俺は努めて目を逸らしながら白兎に「いらん!」と叫んだ。 こんな煩い奴に絡まれおって殺すぞとか言われながら、手刀で脇腹を一閃されたらどうしよう。
「あっ!」そこであることに気付いた。
「飛鳥、あの鈴でこいつを吹っ飛ばしてよ」
「いや、鳴らねぇもん」
と手を振る。 カラカラと詰まらぬ音がする。 「じゃあ刀で!」――今ケツに刺してるから無理だと言われた。 もっとマシな嘘を吐けよ。 つーか女の子がそんなこと言うもんじゃありません。
「いいじゃん、コージロー。 連れて帰ってあげなよ」
「やだよ!保食たちが居るだけでも十分うざいのに」
そんな俺の発言に不満そうな声を上げる子猫らを無視するが、もぞもぞと足をよじ登ってきた。
『ごめんねコジロー!ボクらのせいで苦労させて!』
『わかってるんだ!コジローがそんなことを言うのはオレ達がコジローに辛い思いをさせてるからだ!わかってるよ、コジローは本当はそんなこと言ったりしない、優しい奴なんだって!』
『ごめんねぇぇ~!!』
「……………」
そうきましたか。
足に抱きついて泣き出した子猫達にほだされそうになる。
子猫達に感化されて白兎までもが、おいおい泣き声を上げだした。 西王母は着物の裾を目元に持っていき、鼻をすする演技を始める。
「コージロー………可哀想だよ…………っ」
「飛鳥までか」
俺以外の全員が泣いてる状態の中、自分がすべき行動は半ば強引に決定しているらしかった。 何が悔しいって、それを受け入れしまっている自分の心だわ。
「コージロー、この兎を助けてあげてっ」
だめ押しで飛鳥が俺の腕に抱きついた。 ここで巨乳が当たればもっと幸せだったんだが…………と考えていたら、耳に噛み付かれた。
「ぎゃあ!」
「命令だ、なんか役に立ちそうだからこの兎を連れて帰れ」
「じゃあ飛鳥が連れて帰れよ!」
「やだよ、臭いもん」
「…………」
その言葉に、一番ショックを受けたのは白兎である。 泣きの演技を忘れ、口を大きく開いた驚愕の表情で固まった。 じつに可哀想な気持ちになり、俺は同情半分、コクリと頷いた。
「………連れて帰るよ。お風呂に入れて超いい匂いのシャンプーするよ」
「そうしてくれ。 なんか、ミイラを粉々にして身体中に振り掛けたような臭いだぞ」
いや、実際ミイラでした………。
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