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伏織

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「そうなんですか。 彼女、そんなことは一言も……――――――って、そんなに会話してませんでした」
 
「あはは。 今日は所用があって暇が無いそうなので、また今度、花子と話してやって下さい」
 
「そうですね」
 
「友達が居ないようなので、仲良くしてあげて頂けると嬉しいな」
 
 
と言ったものの、颯斗には花子と飛鳥が仲良くなれるとは到底思えなんだ。 性格が合わない、というか。 二人とも沈着な性格のようだが、向いている方向が違う、というか。 互いに無口だし、協調性無さそうだし。
 
 
「ところで、今日で飛鳥さん達が調査を始めて一週間経ちますけど、大国くんはうちの蔵で何を調べてるのです?」
 
 
ついでに、飛鳥は一週間ずっと何もせず颯斗と室内で語らっているだけだが、怠けているのだろうか。
 
 
「別に、何も」
 
 
飛鳥はさも当然であるかの如く、颯斗の目を真っ直ぐに見詰めて堂々とそう言った。 「森家の蔵には資料が沢山ありますし。 もしかしたら、何か手がかりがあるかもと思いまして」
 
 
「手がかり……」
 
「例えば昔、森家の当主が誰かの恨みを買ったが故に呪いを被った記述とか。 それに、あなたの体の不調が代々伝わるものならば、あの中に秘伝の特効薬の調合法やそれに類するものがあるかも知れない。
 私は何でも解る天才ではありませんから、手近な所から地道に探すしかありませんね」
 
「大国くんが?」
 
「私は体力が無いし、ホコリにまみれるのはあまり好きじゃございませんので」
 
 
 
 
 
 
 
 
………
………………
………………………
 
 
 
 
「ぶっちゃけ、手掛かりなんて無いんだよね。 だから君は蔵で何か探してきて」
 
 
それが、飛鳥に言われたことだった。
それを聞いてガックリきた。 何かって何だよ。
 
蔵の中は薄暗いしホコリっぽいしで、馬鹿みたいにくしゃみがよく出てくる。 壁には天井高くまである棚が並び、古臭い書物が所狭しと納まっている。 梯子を登って行った先の二階には、柳行李や桐の箱などが沢山置いてあった。 屋根に近い位置にある小さな窓から内側に光が差し込み、空気中に舞う埃が見えた。
 
 
「ムカつくなあ、飛鳥。 一度でいいから殴らせて欲しい」
 
 
西王母が言うには「戦国時代頃の書物」を膝に乗せ、適当に読みながしながら(漢字ばっかで達筆なので読めない)、そうボヤいた。
 
 
『止めときな、千倍になって返ってくる』
 
「知ってるよ。 だから実行しないでボヤくだけなんだよ」
 
『情けないな、コジロー』
 
『情けにゃーい』
 
 
今日はこっそり鞄に入れて連れて来ていた月読と保食が、そんな腹立つことを抜かす。 可愛いから許しちゃうけどさ。 何故こっそり連れて来たのかというと、晴敏さんに見つかったら「やっぱりふざけてるんだな!」と怒りを買いそうだからだ。
 
 
  
 
 
まあ、何故連れて来たかというと飛鳥が連れて来いと言うのと、こいつら二匹が外に出せとうるさくて、夜も騒ぐから寝れないためだ。
 
 
『ときにコジローよ』
 
「だからコージローだって………ってもういいよ好きに呼べよクソが。 何?」
 
『オレは晴敏がなんか怪しいと思うのだぞ。 颯斗に毒を盛ってるとかさ』
 
『お兄たまに同意』
 
 
二匹揃って行儀よく並んで座り、パクパクと口を動かしてそう言ってくる。
 
 
「うーん……」
 
 
確かに俺も少し疑わしく思っているけれど、確信が無いだけに断言し難い。
 
 
「王母はどう見るよ」
 
 
最年長(本人はそれを頑として認めないが)の経験からくる、何らかの直観を頼ろうと訊いてみるが、『頑固だけど色男よね。 腹の内なんてどうでもいいわ』なんてつれない。
 
 
『だって、あそこまでコジロー達の言ってることを否定して追い出したがるんだぜ? 何にも知られたくないんじゃねーの』
 
「だったら、蔵に入るのを許可するかねぇ」
 
『きっとここに答えは無いのだよ』
 
「じゃあ今やってる事は何の意味も無いな」
 
 
徒労ではないか。 そう考えると俄然やる気が失せる。
 
俺は書物を脇に置いて、ホコリっぽい空気を胸いっぱいに吸い込んで溜め息を吐いた。 さすがにちょっと咳き込んだ。
 
 
『でも金目のものはありそうよ?』
 
 
キラリと西王母の瞳が光る。
 
 
「名家の蔵ですもの、きっとありますよ」
 
『一つくらい消えても、誰も気付かないわよね?』
 
「盗めってか? 罪に問われんのは俺なんだぞ」
 
『いいじゃないの。 まだ若いんだから人生やり直せる』
 
「お前いっぺん殴らせろ」
 
『いいわよ? 呪い殺されたいのなら』
 
 
やめて下さい。
どうも最近、俺は周りに振り回されているような気がしてならんのだが。 飛鳥とか西王母とか飛鳥とか飛鳥とか飛鳥とかに。
 
 
「あー、もう何もしたくなくなったぞ」
 
 
手元の帳面をそこらへんに投げ、惨めに両膝を抱えて踞った。 その落ちた帳面に月読達がぽてぽてと歩み寄る。
 
 
『ふむふむ、三百年くらい前の当主の日記だな』
 
「え、読めんのかよ」
 
『妖怪なめんなよ』
 
「いや、なめたことはないけど」
 
 
どう見ても生まれて数ヶ月の子猫が、いくら妖力があるにしても昔の達筆すぎてヒョロヒョロしたヘビみたいになった文字が読めるとは思わなんだ。 ってか、猫が文字読めるなんて思わねーよ。
そこに月読と保食の回答。
 
 
『オレらはね、長い間生きてるんだよ実は』
 
『言うなれば、猫から猫へと身体を移し替えて生きてるんだよ』
 
「なるほど。 つまり、いきなり取り憑いては持ち主の魂を追い出して、肉体を略奪する強盗のようなさまよえる霊魂ってわけか」
 
『おいお前ぶっとばすぞ。 コラ、今日の帰りに高級まぐろ缶を買え』
 
『じゃないとお母ちゃんに“コジローに意地悪された”って言ってケガをした演技をするぞ』
 
 
悪質だな。 俺の母さんにも霊力があるのを良いことに、横暴の横車が目に余る。 でも可愛いから許してしまうあたり、我が家はもうこの化け猫兄弟に支配されてしまっているのだろう。
 
 
 
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