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壱
1-9
しおりを挟む面白味を出すためではなく、本気で、文字通りの「申し訳程度」の膨らみが浴衣の生地の下にあるのを見て、思わずそう呟いた。
直後、布団が捲れて細い腕が伸びてきた。 それは真っ直ぐに俺の顔に向かい、華奢な拳が鼻に打撃を食らわせた。 痛みと勢いに驚いた俺は、次の瞬間後ろにひっくり返って天井を仰いでいた。
「朝っぱらから何を抜かすかねぇ、君は。 殺されたいの? それとも消されたいの?」
それ、どっちも同じ気がする……。
「ご、ごめんなさい……」
「今回は許すけど、二度目は無いからね」
ピョコン、と寝癖で出来たアホ毛を揺らしながら、眩しくて作り物くさい笑顔を見せる羽生さん。 ゆっくりとベッドから起き上がりながら、胸元の浴衣の生地を片手で押さえている。
「いや、でもさ、別にでかけりゃいいとは思わないよ俺は! それに羽生さんは肌が白いから、それだけでも充分お腹一杯になるから大丈夫だよ」
「有難う。 ――――しかしそれ以上言ったら殺す」
「ごめんなさい……」
………………………
………………
………
数十分後、俺が居間で羽生さんに渡されたのは、箒に塵取り、雑巾にバケツにハタキ、窓拭き用のワイパー等々…………つまり掃除道具。
「よろしく」
と、それだけ言い残し、彼女は居間から出ていった。 足音が階段を登り、やがて二階で扉が閉まる音。
「二度寝か?」
『いや、書斎だね』
顎に手を当てて、面白そうに口元をヒクヒクさせながら言う西王母。 『休みの日は大体、書斎で読書なのよ』
「で、これは?」
『家の掃除しろって事じゃない? 考えてみれば、少なくともアタシがあの子の守護を始めてから、一度もこの家は掃除されてないわ』
「――――何年くらい?」
『10年』
「…………10、年……っ」
とんだ汚部屋訪問だこと。
居間の畳を見下ろした。 そして壁、天井と視線を巡らせ、最後に手元の掃除道具を見た。
「西王母さん」
『王母って呼んで。 アンタとは付き合い長くなりそうだから』
「王母さん」
『なあに?』
「掃除って、まず何からすればいいんですか?」
『…………』
学校の教室なんかの掃除とは違うのだろう。 何時も母親がしているので、家事には疎いのだ。
男って大体そうだろ?
.
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