Cuore

伏織

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1章

1-7

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紙の束がまとまって落ちるような、バサバサという音が背後から聞こえた。

振り返ると、通路の真ん中に1冊の本が落ちている。

何故落ちるのだろう。室内でとてつもなく強い風でも吹けば落ちるだろうが、そうだとしたら他の本も落ちなきゃおかしいし、そもそも物理的に有り得ない。


不審に思いながらも、私は引き返してそれを拾った。
「……っ」それが指に触れた瞬間、首筋に針を刺したような感覚を覚えた。恐れと驚愕。


大きさからして文庫本のそれは、カバーを裏返してあるので、一目じゃ何の本かは解らない。だが本の上側、丁度真ん中辺りに挟まっている紙切れの端を見て、私にはこれが何の本で、誰のものかが解ったのだ。


「さなえ先生……」


どうして、これがこんな所に。







「正しいことを貫くのって本当に大変なんだ。特に、大人になるとね」







未だに記憶の中で鮮明に残っている、夏休みに入る直前のある日のこと。彼女は私にそう言った。

彼女は様々な小説を読んでおり、その中でも一番好きだという作家が、かの有名な夏目漱石である。

1800年代後半から1900年代前半まで生きたという彼の作品は、現代の文学界にも大きな影響を及ぼしていると断言できる。今私の手にあるこの本は、彼がわずか十日で書き上げたという名作である。
しかし、この作品には漱石から方言の添削を依頼された高浜虚子が、添削の枠を超えた改変をしているという話があるので、もしかすると、これもそのうちの一つなのかも知れない。


これは夏目漱石の「坊ちゃん」だ。


夏休みの一週間前にこれをさなえ先生から借りて、数日後に読み終えて返した。私は主人公は正直者だが馬鹿だと思うと感想を言ったら、彼女は寂しそうに笑ってそう言ったのだ。

間に挟まっているのはCDの帯を栞代わりにしたもので、確かヒップホップグループのものだったと思う。さなえ先生がそんなものを聞くのかと、少し驚いた覚えがある。


これは図書室のものではなく、さなえ先生の私物である。そもそも、私以外の人間は誰もいない、窓も閉め切っていて風もない、そんな室内で棚の本が落ちるのだろうか。不自然極まりない。


どうして、どうしてと頭の中でぐるぐる考えていた。が、ふと窓の外を見ると日が落ちている。そういえば、遥香と本屋に行く約束をしていた……。


少し迷ったが、私は手の中の「坊ちゃん」をそのまま持って帰ることにした。図書室に置き放しにして、他人の手に渡るのは嫌だった。思い出が汚されるような気がした。





___正しいことを貫くのって、本当に大変なんだ。特に、大人になるとね。




あの時、先生は何故あんなに寂しそうな顔をしていたのだろうか。





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