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1章
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「遥香は他にも友達いるじゃん」
「そうだけどねぇ……。皆バカだし、実はサエ以外の子とは休日とか放課後に遊んだこともないんだよ?」
「そうなの?」
驚いた。遥香は社交的で、誰とでも気さくに話せるのに。
そんな私の考えが解ったのか、彼女はカウンターに両肘をついて、両手の上に顎をのせた。物憂げな顔をしている。
「アタシと居れば人気者になれるとかさぁ、いい思いができるんじゃないかって、そういう下心が透けて見えるんだわ。人間関係に利害を求めてるような奴とは、親密にはなりたくないから」
「私も遥香との間に利害を求めてるよ」
「えっ、そうなの?」
「うん。遥香の手作りお菓子が好きだもん」
私がそう言うと、遥香はキョトンとした表情になり、しばし私を見詰めた。そしてその口元がじわじわと笑いの形になり、杏型の目が細くなった。
「あははははっ!かわいいなぁお前さんは」
「……え、ああ、ありがとうございます」
大真面目だったんだけどな。冗談だと思ったらしい。
まあ、確かに遥香の作るお菓子は美味しいし、彼女と居ると、1人の時より人に話しかけて貰える確率が増えた。が、そんなものが無かったとしても、私は人として遥香が好きだった。本当にいい子だ。私なんかと仲良くしてくれて感謝しているし、友達として愛情を持っている。
「あー、笑った……。ありがとね。
とりあえず玄関で待ってるから」
と、私の頭上にある壁時計を指さす遥香。振り返ると、もうすぐ18時だった。図書室を閉める時間だ。
急いで帰る前にする作業を始めた私を残し、遥香は図書室から出て行った。テーブルについて本を読んでいた人たちも、時間に気付いたのかチラホラと帰り支度をしている。
図書室の窓の外に見える空が、少しずつ赤に染まっていく。血のような赤だ。
五分もたたずに、ほとんどの人間が出て行った。帰り際に本を借りていく人の相手をしていて気付かなかったが、一人、窓際の席に座り、微動だにせずに居る生徒がいる。
私とその女子生徒の2人だけになり、急に図書室の中に静寂が訪れたように静まり返った。女子生徒は手元にある本も読まずに、ずっと窓の外を見ていた。
私のように惚けているのではなく、ジッと外を見据えているように感じる。その整った横顔に見蕩れそうになるほど、美人だった。
「あの、すいません」
声を掛けると、人形のような女子生徒の顔がスッとこちらに向いた。生きているのは解るのに、何故動いているのかと不思議になる。底知れない無表情だ。
「図書室、もう閉めるんですけど……ご、ごめんなさい」
大きな目が三白眼でこちらを見ている。迫力に圧されて、思わず謝ってしまった。
「…………」
女子生徒は無言で、私を見詰めていた。何故か目を眇めて、腹に一物抱えてそうな表情をしているように見えるが、正直何を考えているのか解らない。
「そうですか。それは失礼しました」
声にも表情が感じられない。棒読みでもロボットのようでもないのだが、どこまでも無機質な口調だ。
「すいません。御手数ですが、この本、戻しておいて頂けますか」
今時の高校生にしては丁寧な言葉遣いで、1冊のハードカバーの本を渡してきた。――――ミヒャエル・エンデの「魔法の学校」?
絵本にもなるような子供向けの本を高校生が?というか、そんな本がこの図書室にあるとは知らなかった。
まぁ、昔読んだ子供向けの話を読み返したくなる気持ちは解らないでもないと思い、私はそれを受け取った。
「図書室の奥の方の棚です。Bの列の前から3番目」
女子生徒はそう言って、スタスタと立ち去っていった。解ってるんなら自分で戻せよと思ったが、それがハッキリ言えるような人間が図書委員なんてやるわけない。
女子生徒が出ていく扉の音を背に聞きながら、私は図書室の奥の、Bの列の棚に向かった。カーペットを敷き詰めた床に足音は吸収され、まるで幽霊にでもなった気分だ。死んだらこんな感じなのかな。さなえ先生は今こんな感じなのかな。
「……そんなわけないか」
と、独り言を呟きながら、Bの棚の列に入り、目的の場所に本を収めた。
――――寂しいな。
何もかも無くなってしまいそうなこの静けさが、私の心にも入り込んでくる。だんだんと闇が訪れ、私は消えてしまうのではないだろうか。それが怖くなった。
なんとなく、後ろを振り返るのが怖い。早足でBの列から出て、鞄を取りにカウンターに戻るため、歩き出した。
「?」
・
「そうだけどねぇ……。皆バカだし、実はサエ以外の子とは休日とか放課後に遊んだこともないんだよ?」
「そうなの?」
驚いた。遥香は社交的で、誰とでも気さくに話せるのに。
そんな私の考えが解ったのか、彼女はカウンターに両肘をついて、両手の上に顎をのせた。物憂げな顔をしている。
「アタシと居れば人気者になれるとかさぁ、いい思いができるんじゃないかって、そういう下心が透けて見えるんだわ。人間関係に利害を求めてるような奴とは、親密にはなりたくないから」
「私も遥香との間に利害を求めてるよ」
「えっ、そうなの?」
「うん。遥香の手作りお菓子が好きだもん」
私がそう言うと、遥香はキョトンとした表情になり、しばし私を見詰めた。そしてその口元がじわじわと笑いの形になり、杏型の目が細くなった。
「あははははっ!かわいいなぁお前さんは」
「……え、ああ、ありがとうございます」
大真面目だったんだけどな。冗談だと思ったらしい。
まあ、確かに遥香の作るお菓子は美味しいし、彼女と居ると、1人の時より人に話しかけて貰える確率が増えた。が、そんなものが無かったとしても、私は人として遥香が好きだった。本当にいい子だ。私なんかと仲良くしてくれて感謝しているし、友達として愛情を持っている。
「あー、笑った……。ありがとね。
とりあえず玄関で待ってるから」
と、私の頭上にある壁時計を指さす遥香。振り返ると、もうすぐ18時だった。図書室を閉める時間だ。
急いで帰る前にする作業を始めた私を残し、遥香は図書室から出て行った。テーブルについて本を読んでいた人たちも、時間に気付いたのかチラホラと帰り支度をしている。
図書室の窓の外に見える空が、少しずつ赤に染まっていく。血のような赤だ。
五分もたたずに、ほとんどの人間が出て行った。帰り際に本を借りていく人の相手をしていて気付かなかったが、一人、窓際の席に座り、微動だにせずに居る生徒がいる。
私とその女子生徒の2人だけになり、急に図書室の中に静寂が訪れたように静まり返った。女子生徒は手元にある本も読まずに、ずっと窓の外を見ていた。
私のように惚けているのではなく、ジッと外を見据えているように感じる。その整った横顔に見蕩れそうになるほど、美人だった。
「あの、すいません」
声を掛けると、人形のような女子生徒の顔がスッとこちらに向いた。生きているのは解るのに、何故動いているのかと不思議になる。底知れない無表情だ。
「図書室、もう閉めるんですけど……ご、ごめんなさい」
大きな目が三白眼でこちらを見ている。迫力に圧されて、思わず謝ってしまった。
「…………」
女子生徒は無言で、私を見詰めていた。何故か目を眇めて、腹に一物抱えてそうな表情をしているように見えるが、正直何を考えているのか解らない。
「そうですか。それは失礼しました」
声にも表情が感じられない。棒読みでもロボットのようでもないのだが、どこまでも無機質な口調だ。
「すいません。御手数ですが、この本、戻しておいて頂けますか」
今時の高校生にしては丁寧な言葉遣いで、1冊のハードカバーの本を渡してきた。――――ミヒャエル・エンデの「魔法の学校」?
絵本にもなるような子供向けの本を高校生が?というか、そんな本がこの図書室にあるとは知らなかった。
まぁ、昔読んだ子供向けの話を読み返したくなる気持ちは解らないでもないと思い、私はそれを受け取った。
「図書室の奥の方の棚です。Bの列の前から3番目」
女子生徒はそう言って、スタスタと立ち去っていった。解ってるんなら自分で戻せよと思ったが、それがハッキリ言えるような人間が図書委員なんてやるわけない。
女子生徒が出ていく扉の音を背に聞きながら、私は図書室の奥の、Bの列の棚に向かった。カーペットを敷き詰めた床に足音は吸収され、まるで幽霊にでもなった気分だ。死んだらこんな感じなのかな。さなえ先生は今こんな感じなのかな。
「……そんなわけないか」
と、独り言を呟きながら、Bの棚の列に入り、目的の場所に本を収めた。
――――寂しいな。
何もかも無くなってしまいそうなこの静けさが、私の心にも入り込んでくる。だんだんと闇が訪れ、私は消えてしまうのではないだろうか。それが怖くなった。
なんとなく、後ろを振り返るのが怖い。早足でBの列から出て、鞄を取りにカウンターに戻るため、歩き出した。
「?」
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