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=1巻= 寝取られ女子、性悪ドクターと出会う ~ 永遠の愛はどこに消えた? ~==

3-4.ダイヤモンドと天井裏の痴女

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(あの時は、本当に焦った)
 心肺停止状態に陥った患者に対応する時や、幼子の患者を前に過酷な決断を下さねばならない時とはまた違う緊張感と衝撃に打ちのめされた。
 一瞬の表情に気を惹かれ、女嫌いにもかかわらず思春期じみた感情を抱き、もしまだ酒を飲むようなら止めよう。そしてそれをきっかけにどうして沖縄へ行くか話を聞いてみよう。いや、それはお節介か。自分だったらうざいと思うがどうだろう。などと葛藤していた最中の出来事である。
 いかも犯人である千秋は場所が場所だというのに、冷泉本人より着ているスーツが気になるのか、恐るべき早さでハンカチを水に濡らし、やばい、高い、クリーニング代とか無理――などと繰り返しながら、微妙な力加減で〝ソコ〟をトントンしだす。
 男の身体の中で最もデリケートな場所を触られ、だが、先に声をかけようとしたのも自分なこともあり、冷泉はどう対応していいのか完全にわからなくなり固まった。
 だが、そのうち不条理にも腹が立ってくる。
 ――いや、なんで俺よりスーツが大切にされているんだ?
 今までの女達は平気で冷泉のスーツの上に酒をこぼしてきて、それを出会いのきっかけに結びつけようと躍起だった。
 けれど千秋はといえば冷泉などおかまいなしで、どころか早く終わらせて早く関わらないようにしようと考えているのがまるわかりな顔で、脇目も振らず必死にシミ抜きに熱中している。
 屈辱と照れと恥ずかしさ、そして――やはりこいつも、今までの女と同じ系統なのか? という疑心暗鬼な気持ちから飛び出した言葉が『おい、こら痴女』というわけだ。
 その後の会話もかみ合わず、いきなりまつげエクステなどと美容用語を口にされたかと思えば、冷泉の顔を成す骨格や筋肉について関心しだす。
 果てには、ハンドクリームがいかに染みになりやすいかなど語りだし、これは駄目だと、極力自我を抑え冷静にどこを吹いているか悟らせれば、踏み潰した猫みたいな悲鳴を上げつつ――思いっきり握り絞められた。
 あとはもう思い出したくもない罵倒に罵倒の応酬で、客室乗務員に大分迷惑をかけてしまった。
 どうせもう会うことがない他人だ。
 アクシデントによる混乱と羞恥から痴女と呼びまくって怒らせたのだ。あちらも冷泉に関わろうとは思わないだろう。
 一抹の寂しさが胸をよぎるのを無視し、千秋より先に飛行機を降りる。彼女の後ろ姿を記憶に残して起きたくないとなぜだか強く思ったから。
 だけど彼女は、呆れたことにそれ以上のことをしでかしてくれた。
 立ち去ろうとする冷泉を呼び止め、これ以上無いほど真摯で誠実な謝罪をした。
 ふと、邪念がよぎり、これもなにかの縁だと食事に誘ってみようかと思った時、過去から痩せ細った女の手が伸びてきて、古傷ごと冷泉の心臓を握り込んだ。
 ――お願い、助けて。貴方ならできるでしょう。私は悪くないの。
 そう懇願しながら、伸びた爪を肌に食い込ませすがりついた女の手は冷たく、震えていて、だから冷泉は医師として過ちを犯しかけ、迷っているところを上司に見抜かれ断罪された。
 恋をしてはいけない。女を信じてはいけない。そうでなければ、今度こそ自分は自分を――医師であることを――失ってしまう。
 一瞬で過去のしがらみに捕まり、冷泉は久々に熱を持ちはやりだした心臓を、理性の冷凍庫へしまい込み吐き捨てた。
 どうせ、偶然隣り合っただけの客同士だ。二度と会うこともない。なのに……そんな謝罪をするなんて馬鹿馬鹿しいと。
 駄目押しに、痴女なだけじゃなく頭も悪いなとまで告げ、不条理な事情で彼女を傷つけた。
 にも拘わらず、再会した守屋千秋は冷泉に怯えたり嫌悪したりするわけでもなく、相変わらずの天然馬鹿で愛嬌のある表情で、真正面から冷泉と言い合いだした。

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※次で冷泉視点終わる……予定です。
※もうそろそろ事件が起きます🌟
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