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=1巻= 寝取られ女子、性悪ドクターと出会う ~ 永遠の愛はどこに消えた? ~==

2-8.このドクター、口は悪いが顔はいい

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 しまった、ここ病院だ。
 気付いた千秋がはっとして口をつぐんだと同時だった。
 ベッドを囲むベージュ色のカーテンが、破れそうなほど大きな音をたてて開かれる。
「あっれぇ~。やっぱり先生のお知り合いなんですかぁ。その患者さん」
 ハートマークが語尾につきそうなほど明るい口調と台詞が、低くドスの利いた声で放たれる。
「違う。知り合いじゃない」
「……知り合いってほどの知り合いじゃないですけれど」
 冷泉と千秋は同時に口を揃え否定するが、カーテンを開けた主は逆光で表情を陰らせたまま、やはり明るく怖い口ぶりで続けた。
「またまたぁ、そんなこと言って。ツンデレさんなんだからぁ。……そういう処も大好きですよセンセ。愛してますぅ」
 アニメの女性キャラのように甲高い声だし、内容もラブが沢山つまっただだ甘いものなのに、背筋の毛が逆立つほど凄みがある。
 思わず顔を引きつらせ声の主をみつめていると、カーテンとともに雪崩れ込んできた陽光にようやく目が慣れ、声の持ち主の姿がわかってくる。
 日本人場慣れした金色とも栗色ともつかない緩いくせ毛に、すっきりと通った鼻筋と大きな目。まつげや目も明るい茶色なのに眉だけは黒々としていて、意志の強さを、あるいは生来の勝ち気さを訴えている。
 肌の色は沖縄の人らしく少し日に焼けているが、それがまた上下セパレートタイプの白いナースウェアによく似合う。
 小顔でもみ上げの分だけこぼれる後れ毛も綺麗なカールで、大人可愛いフェミニンさ満載なのに、半袖から見える腕は力仕事な医療職らしくしっかりと筋肉がついて逞しい。
 年の頃は千秋と同じか、二つぐらい下のようにも見えるが、私服次第で大人っぽくも子どもっぽくも見せられるだろううらやましい顔立ちだ。
 けれど、糊がきいたナースウェアを下からこれでもかと押し上げる胸はかなりのもので、そこだけインパクトがやたら強く、女性のアンバランスさを際立たせている。
 彼女は愛らしい顔に不審げな視線を宿しつつ、冷たい目で千秋を眺め口角を持ち上げる。
「ああ、びっくりしちゃったぁ。……あんまりにも大きな声だったから、またセンセが押し倒されちゃったのかと思って、将来、夫になるセンセの貞操を心配してお邪魔しちゃいましたぁ~」
「お前なあ……。押し倒されるって、俺は男だぞ。そう毎回毎回押し倒される訳ないだろ」
「でも、先々月は〝夜会巻き軍団〟に二人がかりで迫られてましたよね?」
  へ? あ? う? と、意味不明の接頭語が頭に浮かぶ。唇も喉も声にしたくてうずうずしているのに、常識や理性がまてまて、どうどうと馬でも制するみたいに絞まる。
(人に痴女痴女いって、毛嫌いするのはそういう、こと……なのか?)
 目の前で繰り広げられる丁々発止の中、それでも情報をひろっては頭のメモ帳に鉛筆を走らせる。
「その前は、治療のお礼に御食事でもってとある女優に誘われて、男性マネージャーが」
 二人がかりで先生と女優さんをホテルの部屋に閉じ込めたとかしないとか?」
「お礼は断った。呼び出されたのは出した薬のアレルギーがと言われたからだし、閉じ込められたのはホテルではなく病院の個室だ」
「うわ、えっち。……病院の個室でアレとかありえねぇ……ガチで」
「してないって言ってるだろう。そのまえにナースコールして人を呼んだぞ。っていうか、その時、いの一番に楽しそうな顔で飛び込んできたのはお前だろうが!」
「そうでしたかぁ? 据え膳をお邪魔しましてすみません。……いやあ浮気もスルーするいい妻アピールしたかっただけなんですけどね。華蓮かれんさんは」
 自分で自分の名前を呼びつつ褒めるあたり、なかなか心臓が強い女性だ。
 そもそも美形は美形だが、天地がひっくり返って氷河期になっても表情筋が仕事しなさそうな冷泉相手に、雑談できるだけで猛者かもしれない。
 ――というか。
「ええと……? 婚約者、さん?」
「はぁい!」
「違う、断じてありえない」
 相反する二つの返事にますます頭がごちゃごちゃになる。とりあえず現状を整理しようと、千秋は眉間を揉みつつ質問をやりなおす。
「ドクターとナース」
「それは正解。……おい安里あざと。冗談もほどほどにしろと言っているだろう。タダでさえ馬鹿な患者が誤解する」
 手を前で組み、腰をくねらせ、そして婚約者でーすとでも告げようとしていた安里が、ピタリと動きを止め。
「……チッ、やっぱり知り合いの女かよ……作戦変更がいるじゃん」
 と小さく吐き捨てた。
 先ほどの愛らしい口ぶりとは真逆だが、彼女の表情や声色にしっくりくる。
(なるほど安里あざと安里あざと華蓮かれんさんは〝あざと系看護師〟)
 ポケットから下がるIDカードを見て納得していると、視線に気付いた安里が胸をわざとらしく大きく揺らし女として千秋を威嚇する。
 クジャクが羽を広げて歩き回るアレと同じことをされてしまった。などとマヌケなことを考えていると、ベッドサイドにある消灯台から黒いプラスチックバインダーを取り上げ、冷泉がうんざりした表情で咳払いした。

「ところで守屋千秋さん、貴女はどうして自分がここにいるかわかりますか」
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