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=1巻= 寝取られ女子、性悪ドクターと出会う ~ 永遠の愛はどこに消えた? ~==

2-4.このドクター、口は悪いが顔はいい

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 立っているだけで汗ばむ――を通り超して、背中やら額やらから汗が滝のように流れ出す。
 空気は乾いているものの、ヘルメットで覆われている頭は蒸れて蒸れて仕方がない。
 オマケにジャンパーもくせ者だ。耐火仕様ということは逆に、肌から外への熱も漏らしにくいということで、十分も立たないうちに感動は熱気で吹き飛ばされる。
 滑走路はどこまでも開けている。それは逆を言えば直射日光あたり放題ということだ。
 アスファルトは目玉焼きが焼けるのではないだろうかというほど熱く、靴底をつたって足裏をじりじりと炙ってくるのに溜息をつき、千秋は借りていることも忘れ、ジャンパーの袖でぐいと額を拭う。
「早いうちに厚底のローファーを買おう。安物でもいいから」
 オフィス用の底が薄いヒールはまったく役にたたない。どころかヒールがあって体重が前に掛かるからか、足の指や付け根の部分が火傷したみたいに痛みだしていた。
 たまらず手にしていた資料の紙束で顔を仰ぐが、アスファルトで熱された海風と今、飛び立たんとする飛行機のエンジン部分から放射されたオイル臭い熱波が肌を撫でただけで、涼しさなど欠片も得られなかった。
(とりあえず日陰に戻ろう……)
 よく見たくて、貨物ターミナルのひさしの下から出たから暑いのだと気付いた千秋は、目眩を覚えつつふらふらと歩く。
 日光が白い。脳天に突き刺さりそうなほど白く鋭い。
 滑走路の向こうにある海が陽炎のようにゆらゆら揺れている気さえしてしまう。
「ええと、我那覇がなはさん、我那覇さん……」
 教えられたスタッフの名を念仏がごとく唱えつつ歩くが、どうしてかあまり前に進めない。
 心なしか頭も痛くなってきた気がする。
(飛行機のエンジン音で、耳がおかしくなっているのかも)
 だとしたら耳栓と、あとサングラスも必要かもしれない。
 気付いたらすぐにメモという仕事の鉄則を守ろうと腕をあげかけるも、なぜか酷く怠くて重い。
(まあ、サングラスとか耳栓はあとでもいいかぁ。百円ショップに売ってるようなものだし。……百円ショップといえば、ミネラルウォーターは売っているかな。事務所にあるやつはいつのかわからないから怖くて飲みたくないんだよね)
 ぼんやりと新しい仕事環境を思い出す。その時点でなにかがおかしいと気付けばいいが、残念ながら千秋はとっくにその一線を踏み越えていた。
(うわー、空あおーい。海キラキラー。飛行機おおきいー)
 思考がどんどんと幼児レベルに退行していき、ここがどこで自分がなにをしているのかだんだんわからなくなっていく。
 汗が目に染みて、また腕を上げて額を拭おうとして千秋は自分が航空会社のスタッフジャンパーを着ていることに気付く。
 あれっ? どうしてこんなものを着ているのだろう。と一瞬真顔になったと同時にスーツのタイトスカートからかさりと乾いた音がした。
「あー、アメちゃん……」
 手を突っ込み取り出すと、赤いハイビスカスの上に青い文字で〝黒糖〟と書かれたパッケージが、その中にある四角くて黒い物体が目に入る。
 おお。さすが沖縄。飴がフルーツではなく固めた黒糖とは。などと感動しつつ見ていると背後から、やや焦った声で「守屋さん! 守屋さんですよね!」と誰かが千秋に呼びかける。
 はぁいと答えて振り向いた瞬間、目の前が一瞬で真っ暗になり頭の奥でざあっという変な音が響く。
(あ、これあれだ。なんだっけ、アレだ、アレ)
 などと思ううちに世界が大きく傾いて、身体に鈍い痛みが走り、ついでフライパンで焼かれるに似た熱が素肌を炙る。
 熱中症――という病名を思い出し、なぜ男性社員が黒糖飴を渡してくれたのかに気付いたのは、それから四時間後。
 アスファルトで覆われた滑走路の上ではなく、白く清潔なシーツに覆われた医療用ベッドの上でのことだった。
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