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=1巻= 寝取られ女子、性悪ドクターと出会う ~ 永遠の愛はどこに消えた? ~==

0-6.高度一万メートルの黒歴史

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「んぎゃぁああああああッ!」
 産声とも怪獣の雄叫びともつかない声が千秋の口からほとばしる。
 正直、二五歳になる女が出す声ではない。
 千秋自身、頭のどこかで酷い声だとわかっていたが、残念ながら理性はとっくにオーバーヒート。

 ――つまり、混乱を越えて錯乱状態に突入し制御可能な状態にあった。

(ちょっとまってよ! なんで、私が痴女呼ばわりされた挙げ句、お、男のこか、股間……こか)
 そう尋ねたかったのだけれど、どうやっても単語の接頭語めいた呻きしかでない。
「ちょ、んぇ、あ!」
 顔を赤くしたり、青くしたりとせわしなく変化させつつ、口を開閉させてしまう。
 この状況を説明したいのに、上手く言葉が出てこない。
 なんでなんでと考えるうちにどんどん思考が真っ白になっていく。
 額に脂汗が浮かび顔が強ばる。焦るあまり千秋は思わず手に力を込めた。
 途端、むぎゅっとした感触が手に伝わり、男が「いてっ!」と悲鳴をあげる。
「んぎゃあああ!」
 二回目の悲鳴が口から出る。ハンカチとスーツ越しだというのになんたる生々しい感触!
「お前なぁ!」
 たまらず叫んだ男の声が耳をつんざくが、千秋はもうそれどころではない。
 うわっ、うわわっ、うわっ、と同じ呻きを繰り返し、目をカエルさながらに見開くばかり。
「いい加減に手を放せ、この、痴女!」
 痛みのせいか、あるいは埒があかないと判断したのか、先ほどよりずっと大きい――周りを気遣うことを失念した怒鳴り声が降りかかり、千秋は我をとりもどす。
 同時に、痴女という単語をようやく理解した。
「ち、痴女っ、痴女って……! 酷いじゃないですか。こっちは股間に白いシミが残ったら大変だって、あわてていただけなのに!」
 なんの染みかまで言わなかったのは決して悪気からのものではない。ないのだが。
「……股間に白いシミ、って……お前……言い方!」
 長くすらりとした指を千秋の鼻先に突きつけ、男が眉間の皺を深くし指摘する。
「いや、だって、このスーツ高そうだし。ハンドクリームって結構油脂分があるから、染みこんで乾いちゃうと、クリーニングしてもうっすらと白いシミが……」
「白いシミ、白いシミ連呼するな! ていうか、いつまで俺のそこに手を置いているんだ、痴女!」
「だから、痴女じゃありません!」
「身も知らぬ男の股間を、いきなり揉んで擦りはじめた分際で、痴女じゃないとはよく言える」
 はっ、と息を吐いて、パチンと派手に音がするほど強く千秋の手を払い、それから妙にぎこちない動きで足を組んで股間をしっかりガードする。
「いきなりって、こっちだっていきなりで動転してたんですっ! っていうか、そんなモノ触りたくて触るわけないでしょうっ!」
 きつく寄せられた皺から、ちらっと見えるクリームの染みを見て憤慨すれば、またまた男が怒鳴る。
「そんなモノで悪かったな!」
 言われ、はたと正気に戻り、あの感触は、モノは夢だったのかもと視線を向けかける。
 すると男が再び声を荒らげ、ついでに窓の外を指さした。
「 ……って、人の股間をじろじろ見るな、あっち向け」
「股間、股間って連呼しないでくださいっ! 間違いじゃないでしょう⁉ ……だいたい、たまたまクリームが飛んだ処がその、……こ、こ、股間ッ、だっただけで! 別に太股でも膝でもおんなじことをしました!」
 もともと負けず嫌いで、いい意味でも悪い意味でも猪突猛進な千秋は、煽られるまま斜め上の反論をする。
 ――だんだん腹が立ってきた。
 まったくどうしてこうなったのか。
 失恋、その他もろもろから転勤を引き受け、新天地への期待を盛り上げようと、ちょっとばかり自腹で万札を出して、移動の飛行機をグレードアップしただけではないか。
 地上からはなれた空の上で、なかなか手がでないフレンチの軽食なんぞを摘まみ、客室乗務員によって磨かれ抜かれたフルートグラスで飲み放題のスパークリングワインを傾け、ちょっと上等な女になった気分を味わいたいだけだったのに。
(そうすれば、別れたあいつの事も、寝取った相手のことも思い出さず、綺麗さっぱりいい気分で新たな日々を迎えられる筈なのに!)
 心の中で両手をぐっと握り主張する。
(それが、なんの因果か、見知らぬ男のこ、股間を、揉むハメになるなんて)
 床に落ちたハンドクリームのチューブを恨めしげに見て、溜息を吐く。
「しかも痴女呼ばわりって、……彼氏のだって、触ったこと、ないのに」
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