極夜の明る頃

初夏

痛いと感じる暇もない、ただ衝撃が襲い続ける。
孝の腹に数発重たい足蹴が入る。
胃液が食道を迫り上がってくる感覚を背中に覚えつつ、ここで吐いてしまったらもっと殴られると思いどうにか喉奥に押し込める。
横隔膜が震えてえずきが止まらない。薄汚れた畳に蹲る孝を、叔父であり同居人の宗一は躊躇わず踏みつけた。その衝撃に耐えられず、孝の口からは胃液が吐き出された。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

今更酒や血やその他色々なもので汚れた畳に一つシミが増えても見た目は大して変わらないだろうが、宗一の理不尽な怒りを増強させるにはうってつけだった。

「何してんだよ。」

背中にまたしても重い衝撃がのしかかり、何度も何度も蹴られ叩きつけられ孝の顔は自らの嘔吐物にまみれた。鼻を刺すような胃酸の匂いがこびりついてさらに吐き気を催す。

突然古びたアパートのチャイムが部屋に鳴り響いた。

「宗一いる？」

少し低めの女の声だった。

「入るからね～……またやってんのぉ…？」

女は玄関から宗一を見ると呆れたようにため息をついた。女は宗一の家に来ては毎回、孝を殴っている姿を見ている。セックスと女の扱いは上手いのに、甥に暴力を振るいゴミ溜めのような部屋で生きている宗一を見るたび女はその不完全さに陶酔していた。
女が来たことで孝に対する暴力も終わりを迎えた。孝はそのことに少し安堵しながら、強張っていた体から力を抜いた。

「今行く。」

宗一が玄関に向かってそう言うと孝は上半身を起こしあからさまにホッとした。
それが気に食わなかったのか宗一は孝の顔面に横から蹴りを入れて再びの嘔吐物の中に顔を戻させた。汚れた靴下を脱ぎ宗一は玄関に向かった。

ギィと建て付けの悪い玄関ドアが閉まると、孝はのっそりと起き上がって台所の下から雑巾を取り出して嘔吐物を片付けた。顔と髪にも吐いたものがついていたので洗面所で皮膚がヒリヒリとするのを我慢して顔と髪を洗った。
鏡を見ると、父親似の少しつった丸い目は周りが赤くなっていてうまく目が開かないでいた。きっと明日にはパンパンに腫れあがっていることだろう。
ヨレたTシャツを脱ぐと鳩尾の辺りが赤黒くなっていて、タバコを押し付けられた後や火傷の跡が多く見られた。それも全部宗一に付けられたものだった。

今日蹴られたところをなぞる様に指で押せばドクドクと痛んだ。
腰の辺りの青あざをグッと力を入れて押すと重い痛みが襲ってきた。足が震え始め口も半開きになりタラタラと涎が垂れ落ちてくる。
孝は宗一に暴力を振るわれた後、それを上書きする様に全身を自分で痛めつけた。

その行為は自分でも理解し難いものであったが、そうすることで宗一から受けた痛みを快楽に変えられる気がしたのだ。

足に力を入れられなくなり、洗面所で孝はうずくまった。右の脇腹を殴れば全身が大きく震え、目の前が真っ白になった様な感覚を味わった。衝撃と痛みに加え、次第に性的な快感が生まれ始めた。
孝にとってこの行為は自分のために行う、いわば自慰行為の様なものなのだった。
ズボンの中で勃起した性器を床に擦り付け、鈍く痛む腰を夢中で振った。呼吸が速くなり、吐き出された熱い息が冷たい床にかかってしっとりと湿った。背中に汗がじんわりと浮き出て殴られた跡を辿る様に床に落ち、全身が熱を持って、快感を貪っていた。
彼は興奮の最中にいた。
汗が噴き出て、掠れた声が小さく溢れてくる。カクカクと腰を揺らし続け、孝のズボンには大きなシミが出来上がっていた。
腰を振る速度が速まり、衣擦れの音がさらに大きくなる。力を振り絞って上体を起こし膀胱の真上の青あざのできた皮膚を強く両手で押し込み、彼は射精した。
ぴくぴくと内腿が痙攣し、ズボンからは吸収しきれなかった精液が滲み上がった。

第三者が見れば事件性を嗅ぎ取りそうな程、孝の自分を慰る行為は激しく、暴力的だった。
孝はその様にしか自分を守ることができなかった。