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愚者と隠者
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「夜が明ける前に、ここではない何処かへ行こう。新しい場所へ。新しい時代へ」
「おや、若い方。このように暗い森にたった一人。あなたは何処へ行こうというのですか?」
「おじいさん、誰?」
「私は、あなたかもしれない者です」
「僕かもしれない? おかしいことを言わないでおくれよ。僕は僕、おじいさんはおじいさんじゃないか」
「ああ、そうですね。その通りです。ところで先ほどの話ですが、あなたは何処へ行こうとしているのですか?」
「僕は、ここではない何処かで、自分らしく自由に生きるんだ」
「ここではない何処かで、自分らしく自由に、ですか。あなたがここから去ることで、悲しむ人やあなたを悪く言う人が生まれるかもしれない。それでも行かれるのですか?」
「それは……でも、僕は自由に生きてみたいんだ」
「自由……それはとても魅力的です。しかし、自由は孤独と背中合わせ。あなたの行く先には誰も味方がいないかもしれない。もしもここではない何処かを目指すのなら、その覚悟も必要ですよ」
「でも、今だって取り立てて完全な味方はいないんだ。僕は新しい土地で、僕にピッタリ合った人を探して楽しく暮らしたいんだ」
「ほう、なかなか面白いことをおっしゃる。なぜあなたは、自分と何ひとつ違わない人間がこの世にいると思うのですか? この身は唯一の存在であると思いませんか? そして、人が自分と違うこと……それは、それぞれに素晴らしいことだと思いませんか?」
「そうかもしれないけれど、誰だって、一緒にいて嫌な気持ちになったり喧嘩をしてしまう人と一緒にいたくないと思うでしょう?」
「そうですね。確かにその通りです。ですから人は、人の気持ちを推し測ったり、自分の思いを正確に伝えられるよう、努力をするのではないかと思うのです」
「綺麗ごとだよ、そんなの」
「はい、そうかもしれません」
「おじいさんって、変な人だね。そう言えば、おじいさんは何故夜明け前のこんな薄暗い森にいるの?」
「私は……そうですね……あなたが今、外を見ようと飛び出していく人だとするならば、私は外から戻り、内を見る者であるといえます。夜が明けるまでにはここではない何処かで物事を静観するつもりです」
「ふうん。難しくてよくわからないけれど、おじいさんもここではない何処かへ行くんだね」
「はい。今は自分の中にある物に目を向け、内側にある世界に生きています。ですからこれから自分を見つめ直すのに適した場所へ移動しようと思っています」
「旅をしたり、遊んだりしたほうが楽しいのに」
「外の世界に触れ、たくさんの刺激を吸収する時期もあれば、自分を見つめ直す時期もあります。そして与える時期も。私達は短い期間でそれらを繰り返し、長い期間で繰り返し、そして一生を通じて繰り返すのです」
「そんなものなのかなあ。僕はまだ人に与えるなんて考えられないよ」
「そうですか。では、まだその時期ではないのでしょう」
「そうさ、僕は今、旅立ちの時なんだ。これから自由な世界で気ままに暮らすんだ」
「そうですか。で、その世界とは何処にあるのですか?」
「もちろん、ここではない何処かさ」
「それは一体何処でしょう?」
「わからないけれど、きっと何処かにあるんだ。僕はその世界を見つけるまで旅を続けるんだ!」
「自由で気ままに生きられる世界が見つかるまで、ずっと旅を続けるのでしょうか。私のように年老いても?」
「それまでには見つかるさ」
「本当に?」
「本当さ」
「もしも見つからなかったら?」
「さっきからずっと、僕を否定してばかり。やってみないとわからないじゃないか!」
「やってみた結果が望む物ではなくても、それも含めて踏み出して良かったと思えること。その一歩が本当の『自由への一歩』です。あなたはその一歩を踏み出せますか?」
「おじいさんみたいに難しいこと、僕にはわからないよ。でも、どんな結果になっても、この足を一歩踏み出さなければ、いつまで経っても『ゼロ』なんだ! 僕は『ゼロ』は嫌だ!」
「あなたには、無限の可能性があります。しかし、踏み出さなければ何もない。どちらに行けば正解なのか、また、どちらに行けばそうでないのか。わからないときは、まずは一歩を踏み出すということをあなたはよく分かっておられる。あなたはとても素晴らしい。上手くいくこともそうでないことも、どのような経験も、あなたが『二歩目』を踏み出す力になるでしょう」
「ねえ、おじいさんは一体誰なの?」
「私はあなたかもしれない者です。あなたは私が通ってきた道であり、そしてそうではない道。私はあなたがこれから通る道であり、そしてそうではない道。あなたも私も、この先道があるかもしれないし、ないかもしれない。全ては自らが通り、作る道。私達はその道に乗る者同士なのです」
「僕にはおじいさんの言っていること、まだよくわからないよ。でも、きっとわかるときがくると思う。そんな気がするんだ」
「私も、あなたはいつかお分かりになる日がくると信じていますよ」
「僕の旅が終わるまでには分かるかなあ」
「さて、どうでしょう。もっと早いかもしれないし、遅いかもしれません。しかし、きっとお分かりになります」
「うん、そうだね。あ、もう空が白んできたよ」
「ああ、そのようですね。そろそろ出発しなくては」
「そういえばおじいさん、素敵なランプを持っているね」
「ありがとうございます。これが指し示す方に、私は歩いているのですよ」
「おかしいよ。おじいさんが右を向けばランプは右に、左を向けばランプは左へ向く。自分が照らす光であり、おじいさんが決めている方向じゃないか」
「はい、そしていいえ。私は導かれる方へ向き、ランプの示す方へ歩くのです。私であり、私ではない意思のままに」
「うーん。これもいつか分かるときがくるのかな」
「はい。いずれ必ず」
「うん。そうだね。それではこれで。僕は朝日が昇る方へと向かうよ」
「それではこれで。私は朝日を背にする方へ向かいましょう」
「さようなら」
「さようなら」
「ああ、もう夜が明ける」
「おや、若い方。このように暗い森にたった一人。あなたは何処へ行こうというのですか?」
「おじいさん、誰?」
「私は、あなたかもしれない者です」
「僕かもしれない? おかしいことを言わないでおくれよ。僕は僕、おじいさんはおじいさんじゃないか」
「ああ、そうですね。その通りです。ところで先ほどの話ですが、あなたは何処へ行こうとしているのですか?」
「僕は、ここではない何処かで、自分らしく自由に生きるんだ」
「ここではない何処かで、自分らしく自由に、ですか。あなたがここから去ることで、悲しむ人やあなたを悪く言う人が生まれるかもしれない。それでも行かれるのですか?」
「それは……でも、僕は自由に生きてみたいんだ」
「自由……それはとても魅力的です。しかし、自由は孤独と背中合わせ。あなたの行く先には誰も味方がいないかもしれない。もしもここではない何処かを目指すのなら、その覚悟も必要ですよ」
「でも、今だって取り立てて完全な味方はいないんだ。僕は新しい土地で、僕にピッタリ合った人を探して楽しく暮らしたいんだ」
「ほう、なかなか面白いことをおっしゃる。なぜあなたは、自分と何ひとつ違わない人間がこの世にいると思うのですか? この身は唯一の存在であると思いませんか? そして、人が自分と違うこと……それは、それぞれに素晴らしいことだと思いませんか?」
「そうかもしれないけれど、誰だって、一緒にいて嫌な気持ちになったり喧嘩をしてしまう人と一緒にいたくないと思うでしょう?」
「そうですね。確かにその通りです。ですから人は、人の気持ちを推し測ったり、自分の思いを正確に伝えられるよう、努力をするのではないかと思うのです」
「綺麗ごとだよ、そんなの」
「はい、そうかもしれません」
「おじいさんって、変な人だね。そう言えば、おじいさんは何故夜明け前のこんな薄暗い森にいるの?」
「私は……そうですね……あなたが今、外を見ようと飛び出していく人だとするならば、私は外から戻り、内を見る者であるといえます。夜が明けるまでにはここではない何処かで物事を静観するつもりです」
「ふうん。難しくてよくわからないけれど、おじいさんもここではない何処かへ行くんだね」
「はい。今は自分の中にある物に目を向け、内側にある世界に生きています。ですからこれから自分を見つめ直すのに適した場所へ移動しようと思っています」
「旅をしたり、遊んだりしたほうが楽しいのに」
「外の世界に触れ、たくさんの刺激を吸収する時期もあれば、自分を見つめ直す時期もあります。そして与える時期も。私達は短い期間でそれらを繰り返し、長い期間で繰り返し、そして一生を通じて繰り返すのです」
「そんなものなのかなあ。僕はまだ人に与えるなんて考えられないよ」
「そうですか。では、まだその時期ではないのでしょう」
「そうさ、僕は今、旅立ちの時なんだ。これから自由な世界で気ままに暮らすんだ」
「そうですか。で、その世界とは何処にあるのですか?」
「もちろん、ここではない何処かさ」
「それは一体何処でしょう?」
「わからないけれど、きっと何処かにあるんだ。僕はその世界を見つけるまで旅を続けるんだ!」
「自由で気ままに生きられる世界が見つかるまで、ずっと旅を続けるのでしょうか。私のように年老いても?」
「それまでには見つかるさ」
「本当に?」
「本当さ」
「もしも見つからなかったら?」
「さっきからずっと、僕を否定してばかり。やってみないとわからないじゃないか!」
「やってみた結果が望む物ではなくても、それも含めて踏み出して良かったと思えること。その一歩が本当の『自由への一歩』です。あなたはその一歩を踏み出せますか?」
「おじいさんみたいに難しいこと、僕にはわからないよ。でも、どんな結果になっても、この足を一歩踏み出さなければ、いつまで経っても『ゼロ』なんだ! 僕は『ゼロ』は嫌だ!」
「あなたには、無限の可能性があります。しかし、踏み出さなければ何もない。どちらに行けば正解なのか、また、どちらに行けばそうでないのか。わからないときは、まずは一歩を踏み出すということをあなたはよく分かっておられる。あなたはとても素晴らしい。上手くいくこともそうでないことも、どのような経験も、あなたが『二歩目』を踏み出す力になるでしょう」
「ねえ、おじいさんは一体誰なの?」
「私はあなたかもしれない者です。あなたは私が通ってきた道であり、そしてそうではない道。私はあなたがこれから通る道であり、そしてそうではない道。あなたも私も、この先道があるかもしれないし、ないかもしれない。全ては自らが通り、作る道。私達はその道に乗る者同士なのです」
「僕にはおじいさんの言っていること、まだよくわからないよ。でも、きっとわかるときがくると思う。そんな気がするんだ」
「私も、あなたはいつかお分かりになる日がくると信じていますよ」
「僕の旅が終わるまでには分かるかなあ」
「さて、どうでしょう。もっと早いかもしれないし、遅いかもしれません。しかし、きっとお分かりになります」
「うん、そうだね。あ、もう空が白んできたよ」
「ああ、そのようですね。そろそろ出発しなくては」
「そういえばおじいさん、素敵なランプを持っているね」
「ありがとうございます。これが指し示す方に、私は歩いているのですよ」
「おかしいよ。おじいさんが右を向けばランプは右に、左を向けばランプは左へ向く。自分が照らす光であり、おじいさんが決めている方向じゃないか」
「はい、そしていいえ。私は導かれる方へ向き、ランプの示す方へ歩くのです。私であり、私ではない意思のままに」
「うーん。これもいつか分かるときがくるのかな」
「はい。いずれ必ず」
「うん。そうだね。それではこれで。僕は朝日が昇る方へと向かうよ」
「それではこれで。私は朝日を背にする方へ向かいましょう」
「さようなら」
「さようなら」
「ああ、もう夜が明ける」
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