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ああ、玄。

僕はそんな奴じゃないよ。

僕は、小さな湖を背にして車椅子に座っている父と、父の向かい合わせに立っている茜のそばにゆっくりと近づきながら、ハッキリと、茜の目を見て、ちゃんと伝えた。

「茜、僕は、僕はね、君が好きだよ。茜のことが大好きだ。これまでも、これからも、大好きだよ」

茜の身体が大きく跳ねた後、両方の腕が下がっていく。

「たとえ君に許されることがなくても、ずっと好きだよ。茜のことが大好きだよ」

「私、私は」

茜は少し後ずさりして、かたく握りしめたナイフを見つめている。

父が茜の顔を見上げた。

そして

「茜さん、私は逃げるつもりはない。しかし、あなたが殺人を犯してはいけないよ。あなたに関わるたくさんの人が悲しむからね。……ここに連れてきてくれてありがとう」

父は車椅子のタイヤに手をかけ、一気にバックさせた。


後ろは湖!


「父さん!」

慌てて駆け出したけれど、くそっ、遠すぎる!

その時

「ガシャン!」

大きな音と共に車椅子が倒れ、父が湖手前の芝生に投げ出された。

倒れた車椅子に茜がしがみついている。

車椅子のキャスターにナイフを絡ませ、足元のポール部分を握って車椅子を倒したようだ。

僕は父を起こし湖から遠い場所まで運び座らせた。

茜の方を見ると、すでに立ち上がっていて、水辺の入り口からこちらを見ていた。

僕が持ってきたローズマリーの鉢植えを持って。


茜はローズマリーの鉢植えを自分の前に置くと、ローズマリーに話しかけるように

「その人は罪を償って、それでも罪と罰を背負い続けてきた。私達家族が苦しんだのと同じ年月、あなたたち家族も苦しんできた。私があなたに近づいて復讐しか考えていないときあなたは…… 最初からあなたは悪くなかった。何も悪くなんてなかったのに。それでも私は、私の思い出の行き場は、薄れていくお父さんが……」

段々小さくなる声と共に、茜も消えてしまうような気がして怖くなる。

「茜、大好きだよ」

僕はもう一度、さっきよりも大きな声で言った。

「空、私は……」

茜が一瞬微笑んだような気がした。

泣いているような気がした。

「このローズマリー、空が持ってて」

茜がさらに遠ざかる。

「もしもまた会える日がきたら」

ローズマリーの栞が添えられた鉢植えを残して、それきり茜は消えてしまった。


「追いかけなさい、空」

父が強い口調で僕に言ったけれど、僕は首を振った。

「今はいいんだ」

父に怪我がないか確かめ車椅子に乗せる。


「空」

「いいんだ」


父を置いてはいけないし、僕は茜の家を知らない。

どちらへ向かって走れば良いかもわからないから。

僕はローズマリーの鉢植えを持ち上げ、添えられていた栞を見る。

ローズマリーの押し花がついた栞。茜が作ったのかな。

僕はそれを胸のポケットに入れ、父を連れて家に帰った。

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