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「どこへ行こうか?」
「もちろん! 学校をサボっていく場所はひとつ!」
僕の左手を奪うと茜はまっすぐに歩いていく。
僕は茜の右手をしっかりと握り返して少し強引に引っ張る。
「あっ」
片方を引っ張られてくるっと振り返った形になった茜を抱きしめる。
強く、強く。
「どうしたの?」
戸惑いながら茜が訊くから
「なんでもないよ。行こうか」
と、身体を離して歩き出した。
「もう!」
と、頬を膨らませて横を歩く茜に笑顔を返して、僕は
だって、これが最後になるかもしれないからさ……
と、心の中で呟いて茜の右手を握りなおした。
僕らはいつかの水辺に来ていた。
「いつ来ても静かだね」
茜が誰に言うでもなく呟く。
それきり茜は何も言わない。
僕の言葉を待っているみたいに。
僕は、覚悟を決めた
—前に少し話したね。
僕には父親の記憶が、僕の人生の中で抜け落ちている期間があるって。
小学校一年生の時だった。
その時のことを僕はハッキリと覚えていないんだけれど、気が付いたら父がいなくなっていた。
僕は母に何度か父のことを訊いたけれど、母は
「空が大きくなったら戻ってくるからね」
と言うばかりで、何も教えてはくれなかった。
そして、僕達はすぐに引っ越すことになる。
そして、僕達は何度も引っ越すことになるんだ。
最初は小一。そう、父がいなくなった年だった。
その次は小三だったかな。
同じクラスに好きな子ができてさ。
そう、茜みたいに明るくて可愛い子だったよ。
でも、何も言えないままそこからも離れることになった。
何故そんなに引っ越しが多いのか、母は自分の仕事の都合だと言っていたけれど、今考えてみたらおかしな話だよね。
母は転勤族でもなんでもないのに。
小五でも引っ越しをしたよ。
仲の良い友達がいてさ。
「ずっと友達だぞ!」
って言ってくれた。
でも、引っ越しを重ねるうちに連絡が来なくなってしまったよ。
小六の時は通学の班長になってね、引率していた班の三年生の子がいじめられていたから家まで迎えにいって手を引いて登校したりしたよ。
いつも目を腫らしながら、それでも僕が迎えにいくと僕に向かって手を伸ばして。
僕はその子がクラスに馴染めるようになるまでずっと手を引いていこうと思ったよ。
そんな時、父がフラッと戻ってきた。
なんとなく僕は、これで引っ越さずに済むんじゃないか、ここに居られるんじゃないかって思ったんだ。
だけど……
もう少しでその子が自分から集合場所に来られるようになるぞ! って時にまた引っ越すことになってね。
あの子はあれからどうなったんだろう。
それからも何度引っ越したかわからない。
六年生と中学校一年生で合わせて五、六回は引っ越したと思う。
六年生の時、また父がいなくなった。
そして戻ってきた時、父は車椅子に座っていた。
動けなくなった父を連れて更に僕達は何度も引っ越した。
そんな中で僕は、荷物を減らし、友達を失くし、家計費を助けるため、学費が安い学校へどこへでも入れるよう勉強をした。
そして中三への進級に合わせて、この場所へ引っ越してきたんだ。
中三の冬、父を散歩に連れて行った時、上から植木鉢が落ちてきた。
友達が呼び止めなければ父に当たっていたと思う。
割れた植木鉢と、土と、小さな花が、車椅子の前に散らばっていた。
思えばあれが最初の事件かもしれない。
「私と出会う前にそんなことがあったの……」
茜が静かに口を開いた。
「苦労したんだね、空……すごく辛い思いをしたんだね」
茜が少しうつむいた。
「おじさん、何事もなくて良かったね。続けて?」
僕は促されるまま、話を続けた。
—その後は特に何もなく、僕は高校を受験し、旭高に入学した。
超進学校の旭高を受験したのは前話した通り、交通費が要らない程近くにある唯一の高校だったから。
僕達、志望理由は同じだったよね。
入学式の後、帰宅途中で、茜、君と出会った。
(あの日からずっと、僕は夢を見ているみたいだよ
幸せな幸せな夢を見ているよ
できれば覚めないでいたい
ずっと、ずっと……)
まだだ。
まだ伝えなければいけないことがある。
僕は茜のほうに向き直って、また話し始めた。
「もちろん! 学校をサボっていく場所はひとつ!」
僕の左手を奪うと茜はまっすぐに歩いていく。
僕は茜の右手をしっかりと握り返して少し強引に引っ張る。
「あっ」
片方を引っ張られてくるっと振り返った形になった茜を抱きしめる。
強く、強く。
「どうしたの?」
戸惑いながら茜が訊くから
「なんでもないよ。行こうか」
と、身体を離して歩き出した。
「もう!」
と、頬を膨らませて横を歩く茜に笑顔を返して、僕は
だって、これが最後になるかもしれないからさ……
と、心の中で呟いて茜の右手を握りなおした。
僕らはいつかの水辺に来ていた。
「いつ来ても静かだね」
茜が誰に言うでもなく呟く。
それきり茜は何も言わない。
僕の言葉を待っているみたいに。
僕は、覚悟を決めた
—前に少し話したね。
僕には父親の記憶が、僕の人生の中で抜け落ちている期間があるって。
小学校一年生の時だった。
その時のことを僕はハッキリと覚えていないんだけれど、気が付いたら父がいなくなっていた。
僕は母に何度か父のことを訊いたけれど、母は
「空が大きくなったら戻ってくるからね」
と言うばかりで、何も教えてはくれなかった。
そして、僕達はすぐに引っ越すことになる。
そして、僕達は何度も引っ越すことになるんだ。
最初は小一。そう、父がいなくなった年だった。
その次は小三だったかな。
同じクラスに好きな子ができてさ。
そう、茜みたいに明るくて可愛い子だったよ。
でも、何も言えないままそこからも離れることになった。
何故そんなに引っ越しが多いのか、母は自分の仕事の都合だと言っていたけれど、今考えてみたらおかしな話だよね。
母は転勤族でもなんでもないのに。
小五でも引っ越しをしたよ。
仲の良い友達がいてさ。
「ずっと友達だぞ!」
って言ってくれた。
でも、引っ越しを重ねるうちに連絡が来なくなってしまったよ。
小六の時は通学の班長になってね、引率していた班の三年生の子がいじめられていたから家まで迎えにいって手を引いて登校したりしたよ。
いつも目を腫らしながら、それでも僕が迎えにいくと僕に向かって手を伸ばして。
僕はその子がクラスに馴染めるようになるまでずっと手を引いていこうと思ったよ。
そんな時、父がフラッと戻ってきた。
なんとなく僕は、これで引っ越さずに済むんじゃないか、ここに居られるんじゃないかって思ったんだ。
だけど……
もう少しでその子が自分から集合場所に来られるようになるぞ! って時にまた引っ越すことになってね。
あの子はあれからどうなったんだろう。
それからも何度引っ越したかわからない。
六年生と中学校一年生で合わせて五、六回は引っ越したと思う。
六年生の時、また父がいなくなった。
そして戻ってきた時、父は車椅子に座っていた。
動けなくなった父を連れて更に僕達は何度も引っ越した。
そんな中で僕は、荷物を減らし、友達を失くし、家計費を助けるため、学費が安い学校へどこへでも入れるよう勉強をした。
そして中三への進級に合わせて、この場所へ引っ越してきたんだ。
中三の冬、父を散歩に連れて行った時、上から植木鉢が落ちてきた。
友達が呼び止めなければ父に当たっていたと思う。
割れた植木鉢と、土と、小さな花が、車椅子の前に散らばっていた。
思えばあれが最初の事件かもしれない。
「私と出会う前にそんなことがあったの……」
茜が静かに口を開いた。
「苦労したんだね、空……すごく辛い思いをしたんだね」
茜が少しうつむいた。
「おじさん、何事もなくて良かったね。続けて?」
僕は促されるまま、話を続けた。
—その後は特に何もなく、僕は高校を受験し、旭高に入学した。
超進学校の旭高を受験したのは前話した通り、交通費が要らない程近くにある唯一の高校だったから。
僕達、志望理由は同じだったよね。
入学式の後、帰宅途中で、茜、君と出会った。
(あの日からずっと、僕は夢を見ているみたいだよ
幸せな幸せな夢を見ているよ
できれば覚めないでいたい
ずっと、ずっと……)
まだだ。
まだ伝えなければいけないことがある。
僕は茜のほうに向き直って、また話し始めた。
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