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その時チャイムが鳴った。
茜だ。
慌ててドアを開ける。
「準備できた?」
「うん」
車椅子に乗った父と家を出る。
茜が父の前に立ち、父と目線を合わせるように中腰になって
「初めまして! 加藤茜です」
茜が元気よく自己紹介すると、父は柔らかな声で穏やかに
「初めまして、空の父です。今日は付き合ってもらって申し訳ないね」
「いえ、一緒にお散歩できて嬉しいです!」
はじけるような笑顔で茜が答える。
そうして僕達は、ゆっくりと歩き出した。
僕が車椅子を押す。
茜が車椅子の横を歩く。
時に父に視線を落として、時に僕と見つめ合って、茜は楽しそうに話してくれている。
父も楽しそうに話している。
「茜さんはここで生まれたのかな?」
「いえ、中学生の時に引っ越してきたんです」
「ほう、そうなのか。うちと一緒だなあ。ご兄弟は?」
「三つ下の弟がいます。昔は可愛かったのに今はもう不愛想で。男の子って思春期になるとみーんな口がなくなるのかしら」
……僕はあるけどね……
父と茜の会話から、茜のことを知ることができた。
中学生の時引っ越してきたこと、弟がいること、母子家庭であること、ハーブが好きなこと、コーヒーが飲めない事、弟と好きなテレビが違っていつも喧嘩していること……
茜はたくさん話してくれた。
はじめは少し恨みに思った父との散歩だったけれど、父が上手に会話してくれたおかげで茜のことをたくさん知ることができた。
「少し風が冷たくなってきたな。そろそろ帰ろうか」
父の言葉で三人は来た道を引き返す。
明日、来月、来年もずっとずっと
モノクロでコピーした感情を
貼りつけていくんだと思っていた
でも
茜が温かな色をつけてくれた
こんなふうに
少しずつ変わっていくんだろうか
変わっていけると
期待していいんだろうか
「茜さん、今日はありがとう。これからも空をよろしく」
「はい!」
父を車椅子から降ろそうと家に入ると
「手伝う! お邪魔します!」
そう言って茜がするりと部屋に入る。
「どうすればいい?」
「あ、じゃあそこのタオルを下に敷いてくれる?」
一人でもできることだけれど、誰かと一緒だと身体も心も楽になる気がした。
「ありがとう」
「どういたしまして。今日は帰るね!」
玄関ドアを押さえている僕の手に茜は自分の手を乗せ、少し力を込めてからすぐに離す。
「また明日!」
そう言うと茜はくるりと背を向け、そのまま走っていった。
いつも余韻を残して帰るんだね
ほんの少し触れただけでも……
その温かさが、爽やかな香りが
母が帰宅し、今日の話になった。
父は茜のことを、とても優しくて良いお嬢さんだよ、と褒めてくれた。
そして
「空もあんな可愛い子と付き合っているならもっと早く言ってくれたら良かったのになあ」
と、目を細めながら僕に言った。
早くも何も付き合ったの昨日だし……と言うのを躊躇していると
「父さんは毎日散歩に行かなくても大丈夫だし、一度帰ってきてくれれば夜までは出かけてもいいんだよ」
景色が変わっていく
止まっていた僕を
僕の周りを
温かい手が
前へ前へと引っ張っていってくれる
茜の手が
温かい手が
茜だ。
慌ててドアを開ける。
「準備できた?」
「うん」
車椅子に乗った父と家を出る。
茜が父の前に立ち、父と目線を合わせるように中腰になって
「初めまして! 加藤茜です」
茜が元気よく自己紹介すると、父は柔らかな声で穏やかに
「初めまして、空の父です。今日は付き合ってもらって申し訳ないね」
「いえ、一緒にお散歩できて嬉しいです!」
はじけるような笑顔で茜が答える。
そうして僕達は、ゆっくりと歩き出した。
僕が車椅子を押す。
茜が車椅子の横を歩く。
時に父に視線を落として、時に僕と見つめ合って、茜は楽しそうに話してくれている。
父も楽しそうに話している。
「茜さんはここで生まれたのかな?」
「いえ、中学生の時に引っ越してきたんです」
「ほう、そうなのか。うちと一緒だなあ。ご兄弟は?」
「三つ下の弟がいます。昔は可愛かったのに今はもう不愛想で。男の子って思春期になるとみーんな口がなくなるのかしら」
……僕はあるけどね……
父と茜の会話から、茜のことを知ることができた。
中学生の時引っ越してきたこと、弟がいること、母子家庭であること、ハーブが好きなこと、コーヒーが飲めない事、弟と好きなテレビが違っていつも喧嘩していること……
茜はたくさん話してくれた。
はじめは少し恨みに思った父との散歩だったけれど、父が上手に会話してくれたおかげで茜のことをたくさん知ることができた。
「少し風が冷たくなってきたな。そろそろ帰ろうか」
父の言葉で三人は来た道を引き返す。
明日、来月、来年もずっとずっと
モノクロでコピーした感情を
貼りつけていくんだと思っていた
でも
茜が温かな色をつけてくれた
こんなふうに
少しずつ変わっていくんだろうか
変わっていけると
期待していいんだろうか
「茜さん、今日はありがとう。これからも空をよろしく」
「はい!」
父を車椅子から降ろそうと家に入ると
「手伝う! お邪魔します!」
そう言って茜がするりと部屋に入る。
「どうすればいい?」
「あ、じゃあそこのタオルを下に敷いてくれる?」
一人でもできることだけれど、誰かと一緒だと身体も心も楽になる気がした。
「ありがとう」
「どういたしまして。今日は帰るね!」
玄関ドアを押さえている僕の手に茜は自分の手を乗せ、少し力を込めてからすぐに離す。
「また明日!」
そう言うと茜はくるりと背を向け、そのまま走っていった。
いつも余韻を残して帰るんだね
ほんの少し触れただけでも……
その温かさが、爽やかな香りが
母が帰宅し、今日の話になった。
父は茜のことを、とても優しくて良いお嬢さんだよ、と褒めてくれた。
そして
「空もあんな可愛い子と付き合っているならもっと早く言ってくれたら良かったのになあ」
と、目を細めながら僕に言った。
早くも何も付き合ったの昨日だし……と言うのを躊躇していると
「父さんは毎日散歩に行かなくても大丈夫だし、一度帰ってきてくれれば夜までは出かけてもいいんだよ」
景色が変わっていく
止まっていた僕を
僕の周りを
温かい手が
前へ前へと引っ張っていってくれる
茜の手が
温かい手が
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