君と僕の花言葉

倉澤 環(タマッキン)

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放課後、僕は北校舎に向かった。

茜が僕を見つけてくれたように、今度は僕が見つけるつもりで。

入学二日目の僕にとって、先輩の校舎に行くというのは結構な冒険だ。

三年生の教室しかない北校舎には、七クラスの教室と化学実験室、美術室、茶室……茶室??

そして各科目室の準備室。

さすが進学校の受験生を集めた校舎なだけあって、音楽室や家庭科室など大きな音を出す教室はない。

それでも生徒はというと、僕たち下級生と何ら変わりなく、笑い合いふざけ合いながら楽しそうに通り過ぎていく。


茜はどこだろう。


なるべく目立たないように歩く。

なのにすぐに見つかる。

「どうしたの? 空?」

北校舎に入って階段に続く廊下を歩き、階段にたどり着く前に見つかる僕。

「茜を捜しに……」

一瞬戸惑った顔をした茜はすぐにはじけるような笑顔になって

「ありがと! 空、一緒に帰ろ!」

朝と同じように僕の左手は奪われ、今来た廊下を引き返す。

茜の右手の温かさと柔らかさが、少し緊張していた僕の心身をほぐしていく。

校舎を出てゆっくりと歩いていると

「あのね、さっきはちょっとびっくりしたよ! 嬉しかったけど。でも、もし私を見つけられなかったらどうするつもりだったの?」

茜が僕を覗き込む。

「茜が見つけてくれると思った」

少し俯いて答えた。

茜は目を丸くして僕を見たけれどすぐにクスッと笑い、空を見上げ


「見つけちゃったよ」


と、珍しく静かに呟いた。



しばらく無言で歩いていたけれど、僕は茜に言わなければいけないことがある。

「茜」

「うん?」

僕は茜に父の介護のこと、今日から父を散歩に連れて行かなければならなくなったこと、自分の時間が取れずなかなか茜と会うことができないだろうということを伝えた。

これで茜が僕を嫌だと思うなら仕方がない。

沈黙が長かった。

一歩歩くごとにやはりダメかと絶望が襲う。

「空のお父さんは、どうして車椅子になったの?」

僕の予想していなかった言葉が返ってきて、僕は言葉に詰まる。

「あの……僕もよくわからないんだ」

僕は僕がわかることを全て茜に話すことにした。

「僕が小学校1年生の時だったかな……父さんが突然いなくなったことがあったんだ。それから五年後……僕が小学校六年生の時に突然帰ってきた。帰ってきてすぐまたいなくなって、そしたら母さんが『父さん入院したよ』って。退院してきたときには、もう父さんの足は動かなくなってた」

「……そう……なんだ」

茜の様子が少しおかしい。

明らかに顔色が悪いし、少し身体が震えている。

「茜?」

「小六からずっと、お父さんの介護をしてきたの?」

「母さんと二人で、だけれどね」

「……そっか」

それからまた沈黙が続き、一歩踏み出すごとに僕の気持ちは沈んでいく。

そして、自分をごまかすための言い訳を考えていた。


そうだよ、茜とは昨日会ったばかりじゃないか。

強引に付き合うことになって、今日もたまたま朝会って。


それだけじゃないか。


もしもここで分かれることになっても、入学式前の状態に戻るだけじゃないか。


それだけじゃないか。


この手の温かさはきっと入学祝だったんだ。

だから、もう。

だから、もう。


「わかった! じゃあ、一緒に散歩すればいいよね! 急いで帰って準備して迎えに行くから部屋の番号教えて?」

北校舎で僕を見つけた時と同じ笑顔で茜が笑う。


君はどうしてそんなに。

どうしてそんなに前向きでいられるの?


僕は彼女に甘えてもいいのだろうか?

僕には与えられるものがなくても

それでもそばにいてほしいと

左手を奪ってほしいと


「一〇二号室だよ」

「わかった!」

「茜……ごめん」

「なに?」


二人の時間が取れなくてごめん。

付き合わせてごめん。

弱い自分でごめん。

ごめん。ごめん。ごめん。

色々なごめんを言おうと思うけれど、心から口に伝わる間に音が消えてしまう。

でも、全ての『ごめん』が聞こえているかのように茜の顔が近づく。

「私が行くまで待っててね!」

はじけるような笑顔をひとつ置いて、茜は勢いよく走っていった。

僕も急いで家に帰り、父に今日の散歩は茜と三人で行きたいという話をした。父は多くを聞こうとはせず、柔らかい声で

「そうか、すまないな。ありがとう」

それだけ言って帽子をかぶった。

「茜のこと、聞かないの?」

「お前が『車椅子の父親』を見せても良いと思った相手なんだろう?」

僕は今まであまり父を人に紹介してこなかった。

どうせすぐに引っ越すし、それに。

それに恥ずかしかったから。

父と話したことのある僕の友達は玄くらいだった。

全部見透かされていたんだな。
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