君の声が聞きたくて

誠奈

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第19章  stringendo

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 数日後、俺は仕事の休みを利用して実家のある街へと帰った。

 暫く会っていなかった両親の顔を見るためでもあったが、それが一番の目的ではない。彼女はご両親への挨拶など必要ないと言ったが、彼女の実家を尋ねるのが、この街に帰ってきた一番の理由だ。

 俺との結婚すら考えていないのだから、それも当然のことなんだろうが、俺としてはそういうわけにはいかない。この先どんな選択をしたとしても、男として……父親としての、最低限の責任は取るべきだし、負うべきでもある。腹の子が俺との間に出来た子だとしたら尚のことだ。

 俺は普段なら滅多に入ることもない高級菓子店に立ち寄り、買った菓子折りを携え、彼女の実家の門を叩いた。

 週末ということもあってか、彼女のご両親は共に在宅で、インターホン越しに「桜木です」と名乗ると、門前払いを食らっても仕方ないと思っていた俺の予想に反して、驚く程すんなりと玄関ドアが開かれ、俺はリビングへと通された。

 高校時代からの付き合いということもあって、彼女の実家を訪れたことは何度かあるし、ご両親との面識だって当然ある。ただ、あの頃と今とでは状況が違う。
 まるで見知らぬ人を前にしているような、そんな妙な緊張感に、膝の上で握った拳は微かに震え、手のひらは汗ばんでいた。

 俺は持参した菓子折りをご両親に向かって差し出すと、深々と頭を下げた。
 ご両親にとって一人娘でもある彼女を、結婚の確約もないまま妊娠させ、傷物にしまったことへの謝罪の意味も込めてのことだ。
 勿論、謝って済むことじゃないってことは十分承知しているし、殴られることだって当然覚悟はしていた。

 ところが、「頭を上げてくれ」と言われ、頭を上げた俺の目の前で、彼女のご両親は酷く困惑した顔を見合わせていた。

 俺はそれを、彼女が妊娠のことをご両親に伝えていないからなんだと、勝手に判断した。


 でも違った、そうじゃなかったんだ。
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