君の声が聞きたくて

第１８章 espresso

１２

　俺の背中にそっと触れた手が、ゆっくり上下する。


　その手の温かさがとても心地よくて……


　抱きしめられたわけじゃない、ただ背中を摩ってくれてるだけなのに、妙に胸が高鳴って、ついその広い胸に寄りかかりたくなる。別に森岡先生に特別な感情を持っているわけじゃない。


　だって、俺の心も……それから身体も、まだこんなにも翔真さんを忘れずにいるんだから。
　それに森岡先生だって、潤一さんから聞いた話では結婚を約束した人がいるみたいだし……


　ただ、甘えられる場所が欲しかったのかもしれない。

　「いいか、良く聞け。お前は何も悪くない」
　『でも……っ』

　言いかけた俺を、森岡先生が静かに首を横に振って制止する。

　「和人君がどうして自ら命を絶ったのかは、その理由は分からないし、知ることはもう出来ない」


　だって和人はもういないんだから……


　「仮にだ、知ることが出来たとして、きっと和人君を止めることは、不可能だったんじゃないのか？」

　確かにそうなのかもしれない。


　でも俺は和人をこんな形で亡くしたくはなかった。
　お互い心の中に別の人を想いながら、永遠に……なんて無理かもしんないけど、それでも一緒に時を重ねて行きたかった。
　恋人なんて名ばかりの関係の俺達だから、親友としてでも……


　『それでも俺は……』
　「お前が和人君を救いたかった気持ちは分かる。でもな、もしお前が和人君を救えたとして、和人君の気持ちはどうなんだろう」
　『和人……の、気持ち？』
　「そうだ、和人君の気持ちだ。命を絶つ程の苦しみを彼は抱えていた。その苦しみをその先もずっと抱えて生きて行くことになるんだぞ？」


　それでもお前は彼を救うことを選択するのか？


　森岡先生の落ち着いた声が、優しすぎる眼差しが、俺の胸の奥に詰まっていた物を静かに溶かしていくのを感じて、　俺は瞼をそっと伏せると静かに首を横に振った。