君の声が聞きたくて

第１８章 espresso

１１

　静かに差し出されたティッシュを受け取り、零れる涙を拭う。

　でも、拭いても拭いても涙が次から次へと溢れて、とても一枚じゃ足りなくて……

　それを見た森岡先生が、白衣のポケットからハンカチを取り出し、俺に差し出した。「辛かったな」って言いながら。

　俺はその言葉に無言で頷くけど、実際はそうじゃない。


　辛くはなかった。ただ、ずっと苦しかった。
　心の奥底に罪の意識を抱えながら、それでも笑っていられることが、生きていることが、苦しくて仕方なかった。


　もしそれが森岡先生の言う辛さってやつだと言うなら、そうなのかもしれないけど。

　俺は開けることなく置いてあった缶コーヒーを手に取ると、プルタブを引いて一息に飲み干した。
　すっかり温ぬるくなってしまったコーヒーは、缶コーヒー特有の甘さと香りだけを残し、俺の身体を冷やすことなく喉元を過ぎて行った。

　「少しは落ち着いたか？」
　『うん……』
　「そっか。なあ、坊主……」

　つい数分前まで医師然としていた森岡先生の顔が一瞬和らいだと同時に、僅かに苦渋を含んだ物へと変わった。

　「お前さっき言ったよな、自分が殺したって」
　『……うん』

　勿論、俺が直接何かをしたわけじゃない。


　でも、あの時寄り道なんてしないで、もし真っ直ぐアパートに帰ってたら……

　もしかしたら、間に合っていたのかもしれない。
　もしかしたら、和人を助けられたのかもしれない。

　和人は今でも生きていたのかもしれない。
　そしたら、今も和人は俺の隣で笑ってたかもしれない。


　全ては《もしかしたら》でしかないんだけど、それでも後悔せずにはいられない。

　『だから俺が和人を殺したんだ』
　「まあ、お前の気持ちは分からんでもないが、でもそれってのはさ、お前が寄り道しようがしまいが、真っ直ぐ帰ろうが、関係ないんじゃないか？」
　『えっ？』

　首を傾げた俺の髪を、森岡先生の手がクシャリと混ぜる。そしてそのまま俺の隣まで席を移動すると、困惑する俺の背中にそっと腕を回した。