君の声が聞きたくて

第１６章 divisi

８

　飯を済ませ、空っぽだった腹も充たされた俺は、洗濯機を回す間に雅也さんにメールを送った。

　『今夜出勤するから』って。

　きっと雅也さんのことだから、休めって言うんだろうけど、そうも言ってられない事情ってもんが、俺にはある。

　なんたって、和人がいなくなった今、アパートの家賃から、光熱費や食費、生活にかかる費用は、全部俺一人で賄わなきゃならない。

　雅也さんもそのことを知ってるから、なるべく時間を長くしてくれたり、時給だって他のバイト君達に比べると、多少の色を付けてくれたりもしてる。だから元々の休み以外は、バイトは休みたくない。

　俺は雅也さんの返事を待つことなく、リュックにバイト用のユニフォームを突っ込むと、自転車の鍵をスマホと一緒にポケットに捩じ込んだ。
　その時、ふいに雅也さんが買ってきてくれた風邪薬が視界に入って……


　これ飲むと眠くなるんだけどな。


　『一応持ってくか』

　思いつつも一度は背負ったリュックを下ろし、内ポケットの中に放り込み、『行ってくる』と和人の写真に一言言って、俺は部屋を出た。

　外に出ると、まだまだ強い陽射しに、さっぱりした筈の身体にも途端に汗が吹き出した。

　『あっち……』

　自転車に跨り、キャップを目深に被ってから、ペダルを漕ぎ始める。でも、少し走り出してから気付いた、ペダルを漕ぐ足の重さに……

　凄く重くて、通い慣れた筈の道なのに、雅也さんの店までが何だかとても遠くに感じてしまう。

　たった一晩寝込んだだけなのに、何年かぶりに出した熱がどれだけ俺の体力を奪って行ったのか、って思うと情けなくなってくる。
　仕方なく途中のコンビニに立ち寄り、水分補給用のスポーツドリンクを買って、僅かな休憩を挟んで再び自転車を漕ぎ始めた。



　そうして漸く雅也さんの店に着いた頃には、シャツはグッショリ、膝はガクガクで……

　「ねぇ、お前馬鹿なの？」

　案の定、雅也さんには散々呆れられた上に、厳重注意を受けた。

　でもそれも、雅也さんの優しさなんだってことを俺は十分すぎるくらいに知ってるから、素直に『ごめんなさい』って言えたんだけどね？